第36話 未来(ミライ)の未来
エンディングロールが流れる。隣の席の心寝は瞳を潤ませながらポップコーンを頬張る。
「田中くん、面白かったね。感動しちゃった」
「パンフレットによると、エモフレの作者の跡継ぎである高遠涼夜って作家が書いた小説が元みたいだな。他の本も読んでみたくなるな」
「そうだよ、エモフレを代筆している作家さんなんだって。詳しいことは謎のままだけど、一部のファンの中には詳しい情報を知っている人もいたりするんだって」
映画鑑賞は無事に終わり、僕たちは余韻に浸りながら映画館を後にし、そのままスイーツカピパラダイスで糖分を補充(お土産も買った)し、婦人服売り場を歩くことにした。
心寝の機嫌は良さそうだが、しかし本調子ではないのか、たまに蹌踉り躓きそうになる。それをいいことに僕の腕にしがみつくのだから、理性を保つのが大変であり。
「わたしの対価はね、誰の恋愛対象にも入らない、なの。だからね、心配しなくていいよ? 田中くんがわたしに恋することはないから」
魔法少女ってやつは、皆んなこう、唐突な発言が多い。しかもサラッと重要なことを言うものだから、こちらの返しも中々に大変だ。
しかし、対価がまた限定的な対価だな。その後、話を聞いてわかったのは、心寝の願いなのだが。それは誰にでもある普通の生活をしたいといった、人気者だからこそな願いだった。
願いに対しての対価が重く感じるのは僕だけなのか。魔法少女に変身する力を手に入れる、それも踏まえて考えれば妥当なのかも知れないが、百合花といい、素敵狛さんといい、かなり辛い対価を支払っている。つまりは茶子も。
素敵狛さんは茶子の対価を知っているはず。だが僕にそれを聞く勇気があるのか。目が覚めてから茶子とは話していないが、スイーツを餌に少し話をしてみるのも一つだ。
◆◆◆
「今日はありがと、デートしてくれて」
「いや、僕のほうこそすまない。それに、超人気アイドルの心寝未来とデート出来たんだし、……あ、ごめん」
「いいよ、アイドルとしてのわたしでも。アイドルとしてのわたしでも、誰かを幸せに出来るって、田中くんが教えてくれたんだもん、だからね、サヨナラ。ありがと、わたしを見てくれて」
そう言った心寝は僕の腕を振り解くと数歩前に出て振り返る。暗くなり始めた茜色の空を背景に、アイドルスマイルを炸裂させた。
「サヨナラって、一緒に帰らないのか?」
「わたしは、もう魔法少女じゃないから。お家に帰ることにした。ママと色々話してみる」
「そうか……」
「ねぇ田中くん?」
「なんだ?」
「わたしは、——ミライは本気だったよ」
僕は、彼女を引き止めなかった。
ストロベリーはいなくなり、彼女はある意味解放されたのだ。これからどう生きるかは、自分で決めればいいんだ。しかし、何だろうか。
去り行く心寝の背中を見送る僕の胸が、——心がギュッと締めつけられる感覚は何だろうか。
まるで、素敵狛さんを初めて見た時のような。
◆◆◆
帰宅後、僕は心寝のことを皆に伝えた。各々、思うところはあるのだろうが、しかし納得はしていた。誰も強制は出来ないのだから。
『なのよ! お前、ブルーはどうしたのよ!』
げっ、ラズベリーだ。
『ブルーはどうしたのよ!』
「知らねーよ、記憶が曖昧なんだから」
僕は重要なことを忘れているのではないか。
『ブルーの覚醒は確かに認識出来たのよ! ラズにはわかるのよ! まぁいいのよ、いずれまた覚醒するのよ。ストロベリーがやられた今、もはや敵に情けはいらないのよ!』
「あぁ、そうだな。今回、心寝は無事だったが、ストロベリーという犠牲も出た。月からの侵略者によって、これ以上誰も死なせたくないのは僕も同じだ」
僕は敵を全て倒し、月を破壊する。そして素敵狛さんの願いを叶えるんだ。
そう、最初から何も変わらない。
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