第30話 夏祭り(素敵狛さん)その二
素敵狛さんは基本的に無口だ。
滅多に笑わないというか、ちゃんと笑ったところを見た記憶があまりない。いや、ないか?
しかしそんな彼女にも可愛いところがあって、——それはスイーツが茶子並みに大好きだったり、意外と照れ屋だったり、たまにデレたり、
「タマキのパパとママは、消失しました」
唐突に、素敵狛さんが放つと、ポンと空に花が咲き、すぐに夜空の黒に溶けて、消えた。
消えた。消えたのは、パパとママの方だ。
「タマキはお父さんとお母さんにまた会いたいと願いました」
「その……お父さんとお母さんというのは——」
「タマキの……いえ、アニャスタシア=マータタビィ=ニャン=ゴロニャリアスの、本当の両親です」
「いやちょっと待った」
何だかとてつもなく長い呪文みたいなのを唱えた気がしたのだが、気のせいか? いや、確かに言ったよ。そして間違いなく、素敵狛さん、噛んだよ。
「えっと、アナスタシア、で良かった?」
「アニャスタシアです」
「あ——」
「アニャスタシアです」
間違ってなかった、だとぅぇぉ!?
って、いや違うだろ! そこじゃぁないだろ田中! ツッコむべきところは、突如放たれたやけにニャンニャンした名前らしきもの、いや名前がどうとか、そんなとこではなくて、
「本当の……両親?」
そうだ、これだ。僕が知りたいのはこれなのだ。
僕の意図を汲んだのか、素敵狛さんが口を開く。
「この世界において、アニャスタシアという名は無意味です。ですからそれは一旦忘れてください。おほん、あ、あー、よし。タマキという名は、パパとママがつけてくれた……大切な名前でもありますから、こちらではタマキとして生きたいのです」
忘れられるような
「察しはついたでしょうか、一言で言ってしまえば、タマキは元々、この世界の人間ではないのです。わかりやすく言えば、転生者です」
「転生……天使の間違いじゃぁなくて?」
「タマキはお父さんとお母さんと三人で幸せに生活していました。民に寄り添える王、お父さんは、タマキがお父様と呼ぶのを嫌っていました。ですからお父さん、お母さんと、民たちと同じように二人を呼んでいました」
はいタンマ! 落ち着け田中!
僕には凡ゆるカオスを受け入れてしまえる謎能力があるのだ。受け入れるんだ。もうどんなぶっ飛んだ話でも受け入れるしかないぞ。
既に魔法少女も妖精も見ているのだ。それに、僕自身も衣装になっている。
今更素敵狛さんが異世界からの転生者だったからと言って驚きはしな——
「って、そこじゃなぁーーい!」
「ど、どうしたのですか!? そんなに反りかえって!?」
「素敵狛さんが転生者なのはわかった! それはさておき、えっと、素敵狛さんって、もしかして、お姫様? だったりしまする?」
はい、そうですが。と、さも当たり前のように、真顔で即答されましたよ。まとめると、異世界で王族だった素敵狛さんが、何らかの事故や病気で命を落とし、恐らく女神にでも会って(僕の知識ではこれくらいしか出てこない)、記憶を引き継いだ状態でこの世界に生まれ変わった。
その世界が、——素敵狛さんの元いた世界が所謂、魔法のあるようなファンタジー世界だったとしたら、彼女が未変身状態で簡単な魔法を使っていたことや、
「素敵狛さんの治癒魔法はやっぱり、元々持ち合わせていたものなの?」
「はい。ですがチュウの神子だけに与えられる力ですので、タマキの世界の誰もが使えるわけではありせん」
花火があがる。ひらく、散る。数回繰り返し、少し間があいた時、
「タマキの願いの所為で、この世界のパパとママが消されてしまった……とても優しかった。本当のお父さんみたいに身体は大きくないけれど、誰よりも優しいパパと、お母さんよりも子供っぽくて少し病弱だけれど料理が得意なママのことが大好きなのに……タマキが殺した……」
違う。違うだろ素敵狛さん。それは、素敵狛さんの所為じゃない。なのに、——そう言ってあげたいのに、何故、僕は声を出せないんだ。
素敵狛さんは空を見上げている。僕はその横顔を見ているしか出来ないのだろうか。
ブルーベリー、聞いているなら答えろよ。
その対価、あまりにも——
花火の打ち上げもいよいよ佳境を迎える。空を照らす花火たちが轟音を響かせる中、素敵狛さんをじっと見つめた。瞳には、今にも溢れそうな煌めき、——その煌めきに映り込んだ色とりどりの光の粒がとても綺麗だ。
「は……なび、こうして見るの……久しぶりです」
「……うん、綺麗だ」
「はい、綺麗です」
「違うよ。綺麗なのは、素敵狛さんだ」
————っ
「……馬鹿ですか?」
「知らなかったの?」
「知ってましたけれども。話を聞いてくれてありがとうございます。どうですか? 少し幻滅しましたか? 人殺しのタマキのことを知っ——」
「言ったはずだ! 僕は素敵狛さんのためなら、月に撃ち込まれても本望と! そしてそれは、今も変わらない! 君のためなら——」
——コロセ
「っ……?」
なんだ、この声は?
——ツキノカミハスベテ、コロセ
「……田中、くん?」
——コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、
「そうか、殺さないと……」
「田中くん?」
「素敵狛さん。君の願いは僕が叶えてやる。だからまず、殺さないと」
「何を言ってるんですか? 田中くん、少し様子がおかしいですよ?」
「さぁ素敵狛さん、変身して殺しに行くぞ」
「田中くん! ちょ、はなっ、し……」
目標を再確認——これより、月の神が一柱、月読命を殲滅する。強制マジカルアーツ発動、主導権は青に移行する。田中は深層にて待機。
カエシテモラウヨ ボクノカラダ
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