第25話 夏祭り(素敵狛さん)その一


 ただのボッチだった僕としては、素敵狛さんの衣服となり敵と戦ったり、ましてや浴衣姿の素敵狛さんと二人でお祭りに来たりなんて、到底、——童貞だけに到底、想像出来なかったのだが、


 今、目の前にその浴衣姿の素敵狛さんがいて、あがる花火を背に僕に上目遣いを炸裂させている。


 まずはこの夢のような現実に至るまでの経緯を、ひたすらに回りくどく語るところから始めよう。

 メインディッシュは、——お楽しみは最後にとっておく主義なのだ。それがこの僕、田中だ!


 ◆◆◆


 時は遡り、朝。心寝が企画した夏祭り浴衣デート勝負なる謎イベントの当日、僕はいつもどおり私服で庭に出たのだが、


「ボッチなお兄ちゃんのくせに遅い!」

「ふふん、スーパーアイドルミライちゃんの浴衣姿を見——」

「——おい見ろデバイス田中ぁ! どうだ? アタシの浴衣姿、ほれほれ! どうだ!?」

「……ふぅ……」プルプル


 浴衣が張り裂けんばかりの茶子。

 とにかく見せたがるがすぐに百合花に阻まれる心寝。やけに色目を使うらしくない百合花。

 ——半分魂が抜けている素敵狛さん。

 四人の浴衣美少女たちが僕の前にズラリと並んでいるのだが、これは現実か?


わりゃわも忘れてはならんぞ?」


 あ、いたのか。コイツの場合、いつも和装だから変わり映えしないな。ピョンピョン跳ねてアピールしてくるのは可愛らしいが、あいにく僕は幼女に興味はないのであるよ。

 しかし、妖精たちはダンマリ、か。


 さておき、まずは順番を決めるわよ、——そう意気揚々と告げたのは立案者の心寝だが、敢えてここは意見を述べさせていただきたい所存。


「えと、心寝ちゃん? やっぱり皆んなで一緒にまわるのがいいんじゃない? せっかくだし……」

「駄目だよ田中くん! これは女と女の真剣勝負なんだから!」


 心寝ちゃん可愛いなぁ、ツンとした表情で僕に指を指し、空いた手は腰に当てて、うん、実に模範的なポージングだ。

 すると茶子が一歩前に足を踏み出したのだが、——その際浴衣の胸部が激しく揺れたのは言うまでもないが、しかし発言手前で百合花にカットインを許し、ぐぬぬと後退したのだが。


「真剣勝負かぁ! 燃えてきたぜ! 田中、お前はアタシが認めた唯一の男だ! だから今日はこの前の借りを返すつもりで女としてお前を絶頂に誘ってやるぜい!」

「ちょ、百合花さんっ! 今はわ——」

「見ろこのプロポーション! アタシって結構女だったんだなぁ! 知らなかったぜ〜」

「うっ……わ、私だって負けてな——」

「おっ、田中〜、顔が赤いぜ? にしし」


 すげぇテンションだ。どうしたんだよ百合花のやつ。らしくねーな。いつもなら素敵狛さんの浴衣姿で萌え死んでいるはずだが。そんなにこの勝負に勝ちたいのか? 勝っても大したメリットないだろ。

 僕と二人で花火を見るだけだしな。


 封殺され続ける茶子は顔を真っ赤にしている。そもそも茶子がこの勝負に挑む意味、あるのか?

 僕たちは血の繋がった兄妹だ。ボッチで童貞の兄なんかと花火を見てどうする妹よ。

 茶子のことだ。僕に到来したモテ期に少し戸惑っているだけだろう。


「大丈夫だ茶子、お前は僕の大事な妹だ。兄のモテ期に戸惑う気持ちもわかるが——」

「死ねこの女たらしお兄ちゃんめがっ!」


 えー……めっちゃ怒ってますやん……


 プイッと横を向いた茶子だったが、順番を決めるくじ引きはしっかり引いていた。


 決まった順番は——

 一番が素敵狛さん。次に百合花、茶子と続き、最後が心寝に決まった。


 祭りは隣町の公園で開かれている。

 チュクヨミの世話は順番待ちの三人で見ると決まり、いざ、戦地へ。


 ◆◆◆

 

 黒髪によく似合う、黒ベースの浴衣。黒に包丁柄の浴衣(何処で売っているんだ)を着た素敵狛さんと二人、人ごみを歩くこと数十分、——長い沈黙を斬るように素敵狛さんは言った。


「タマキは人ごみが苦手です……」


 唐突に一言、それだけ漏らし僕の服の裾を、ボロ雑巾に付着したゴミを摘み取る時くらい苦い表情で掴む素敵狛さん。ちゃんとお風呂入っているから安心して摘んでおくれ、素敵狛さん。


 しかしこのままでは素敵狛さんが圧で潰れてしまいそうだ。確かに僕も人ごみは苦手だ。

 人ごみを避けるため、犇き合う人と人の間をすり抜けるように傍へ移動したその時、


「あ……」


 素敵狛さんが慣れないつっかけで躓いた。めちゃくちゃ緩い、あ……ボイスはこの際スルーする。

 さておき、咄嗟に反応した僕は前のめりに倒れてくる素敵狛さんを片手で受け止めたのだが、


「はにゃっ」

「あ、いやその、ごめんっ」


 そこはちょうど素敵狛さんのAが位置する場所であったわけで、しっかりショック吸収したわけであり、当然の如く、頬を真っ赤に染め上げた素敵狛さんと目が合ったわけで。

 心臓、凄くはやく脈打ってる。


「大丈夫だ素敵狛さん。貧乳はステータスだ」

「……なるほど、死んでください」


 ◆◆◆


 ベンチに座り辺りをキョロキョロと見回す素敵狛さんに、買ってきたカキ氷(イチゴ)を差し出した。

 素敵狛さんはそれを受け取り、僕を見上げる。


「人ごみが苦手でも、お腹は空いただろ? 勝手にイチゴ味にしたが、他のが良かった? 僕はレモンにしたが、なんなら交換する?」

「いえ、ありがとうございます。イチゴで」

「隣、座ってもいいかな、素敵狛さん」

「はい」


 イチゴのカキ氷を食べる素敵狛さんを横目に、僕もレモンのカキ氷を一口、口に放り込む。

 冷たい氷が口の中で溶けて、夏の太陽に奪われた水分が幾分か回復した、ような気がした。

 すると、素敵狛さんが頭を抱える。


「どしたの?」

「あ……いえ、あれです。キーンです……」

「急いで食べるからだよ」

「わ、わかってます……うぅ」


 時間はまだまだあるが、素敵狛さんがこんな状態だと動きようがないな。このまま時間まで休憩するか。それが素敵狛さんのためだな。


「中田くん、行きましょう」

「田中だよ」

「失礼。田中くん、冷たいものを食べて少し落ち着きました。せ、せっかくですから、その……」

「わかった。食べ歩きでもするか。また疲れたら言ってくれ、無理はしなくていいからさ」


「……田中くんは、優しいですね」


 ん? 何か言ったか? と、その時だった。

 僕の手を、正確には僕の指を素敵狛さんが握った。僕は遂に、ボロ雑巾から昇格したかも知れない。


 素敵狛さんの指は細くて、サラサラでモチモチでプニプニで、そしてヒンヤリと冷たい。

 僕は思った、ずっとこうしていたいと。しかし、そんな幸せな時間は長くは続かないわけであり、一頻り食べ歩いた頃に交代の時間が来てしまった。


「素敵狛さん……」

「タマキは大丈夫です。た、楽しんできて……ください」


 二番手は百合花か。

 ニコニコしながら僕の手を握った百合花をはんにゃが如き形相で睨む茶子には気づかないフリをしておこう。


「行こうぜ〜田中〜! 射的にくじ引き、時間は有限、急がば回れだ」

「うわっ、おい引っ張るなって!?」


 素敵狛さん。た、助けてーーーー

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