第26話 夏祭り(百合花)


 夏祭りデート勝負二番手の百合花と屋台を廻る。爽やかなミントグリーンの浴衣が綺麗な曲線を描いていて、いつもより何だかエロい。それに今日の百合花は様子もおかしいし。


「田中、射的しようぜ」

「あ、ちょっ、胸が当たっ」

「ばーか、わざと当ててんだって。女心のわからねーやつだなぁ」


 女心など、童貞ボッチにわかるか!


 僕の動揺には目もくれず射的をはじめる百合花。腰を低くし、お尻をピンと……

 う、美しい……悔しいが、いちいち様になってやがるな。しかも、茶子ほどではないが、それでも一般的には巨大な水風船が主張してくるのだ。

 田中よ、煩悩を捨てろ。百合花は綺麗だが、僕には素敵狛さんがいるんだ! ハァハァ


「あちゃぁ、全然倒れねーじゃん」

「そんなに必死になって、何が狙いなんだ?」

「ん、あれだよあれ。あのデカいの」


 視線の先にそびえ立つ巨大なぬいぐるみ。熊のぬいぐるみなのだろうが、眼帯に悪魔の羽、更に血濡れた鎌を持ったキャラクターときた。


「田中、クマデビル知らねーのか?」

「逆に知っていてもドン引きだろ?」

「結構人気あるんだぜ? ま、男だし仕方ないか」

「なんだか安心した。お前が元気で」


 銃を片手に僕に視線を寄越した百合花の頬がほんのりと染まる。しかしすぐにターゲットへ視線を移した百合花は引き金を引いた。


 ————ゴトン


「お見事〜」


 クマデビルがふんぞり返りながら床に落ちた。心なしか断末魔が聞こえた気もしたが、気のせいだろ。百合花は僕に向き直り小さく微笑むと肩を竦めた。


「あ、ありがとな、田中」

「ん、僕は何もしてないだろ?」

「ばーか。わかるっての」


 どうやらトリックがバレたようだ。だが、ここは知らないフリをしておくか。実際は僕が身体の一部を気体化させて熊を落としたんだが。

 射的屋の親父さんには悪いが、コレはいただいてくぜ。百合花も女の子だな、あんなに喜んで。あのぬいぐるみの何がそんなに可愛いのか理解し難いが。


「田中ぁ、ありがとな! コレを毎日お前だと思って抱いて寝るぜ」

「あ、ど、どうも」


 あっちもまわろうぜ? そう言って僕の手を引く、——恥ずかしげもなく僕の手を引く百合花の笑顔は、子供みたいで正直可愛い。悔しいくらいに。

 でも、こうしてはしゃいで、嫌なことを忘れようと必死になっていたんだよな、百合花は。

 ずっと心に傷を負ったまま。その傷を、僕なんかが少しでも癒せるのならば、今、この時だけは。


「百合花、逸れるなよ?」

「えっ? た、田中?」


 僕は彼女の手を強く握り返した。

 二人で人ごみを掻き分け歩く。たこ焼きで火傷した僕を見て、腹を抱えて笑い、フランクフルトを咥える百合花から目を逸らしたり(別に深い意味はない、別に深い意味は、ない!)、もし、コイツが僕の彼女なら、毎日が楽しいだろうなって、そんなことも思ったりして。


「田中、そろそろ時間だな」

「そうだな」

「なぁ田中? アタシって、男のお前から見て、どう、見えるんだ?」

「どうって、ん〜、か、可愛いんじゃないかな。多分さ、百合花のイメージって見た目もあってか少しお高いイメージがあると思う。けど、実際こうして話したり、遊んだりしてると、ふとした仕草や笑顔が可愛いくて、更には変態で、そのギャップがたまらなくいいっていうか?」


 ん? どうした百合花?

 そんなに顔を真っ赤にしてからに。僕、何か嫌なこと言ったかな?


「ばーか。それじゃプロポーズじゃねーかよ!」

「え!? いやそんなつもりは!?」

「ほんと無意識イケメンも大概にしろよな? でも、ありがと。素直に嬉しいわ。アタシさ……」


 百合花は僕に、背を向けて言った。


 ——生殖機能を対価で失ったんだ


 対価で。そうか、百合花は男になりたいと願ったことで、女性としての機能を失ったのか。

 だから、もう、後戻りは出来ない、どうせなら、そう言って後悔をしていたのだ。


「田中、本気じゃなくてもいい。もう一度だけでいいからさ、可愛いって言ってくれないか?」


 何度でも言ってやる。心の底から。


「百合花、お前は可愛いよ」


 笑顔で振り向いた百合花。やっぱり笑うと子供っぽくなる。楽しかったぜ、百合花。


 さておき、先程から僕の背中を貫かんばかりの視線を感じるのだが、言わずもがな、その視線の主は三番手の茶子であり。


「このたらしお兄ちゃんめが! 時間だよ!」プンスカ


 既に激昂状態なんですが……

 百合花は茶子の頭をポンと叩き、


「心配すんなよマシュマロちゃん? ちょっと可愛いって言われただけだ、にしし」

「か、かわかわ、かか、かっ!?」


 何更に炎上させてんすか百合花さん!!

 しかし。じゃあな、と百合花は去っていく。茶子は薄いピンクの浴衣姿で僕を睨みつけてくる。第三ラウンド、気張らないと死ぬぞ、田中……





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る