第40話 混沌(カオス)の落とし子
「田中くん、話があります」
素敵狛さんの表情は、とても穏やかとは言えなかった。素敵狛さんはそれだけ言って庭へと出る。僕はその後を、——早足で歩くことで軽快に左右に揺れるお尻について行った。
「茶子ちゃんの対価ですが」
素敵狛さんは、いつも話題が唐突だ。しかし、今回ばかりは驚かない。何故なら妖精から対価のことを聞いたあとだからだ。それに、素敵狛さんが何かしら知っているのも察しがついていたからだ。
「知っているんだな、茶子の対価を」
「はい。魔法少女の力を得るため、妖精、つまりデバイスたちに対価を支払うことは田中くんも知ってますよね」
「あぁ、確か、百合花が生殖機能の喪失。心寝が好きな人とは結ばれないみたいな曖昧なものだった」
「はい。最初は願いの大きさによって対価の重さが変わるのではと思っていました。しかし、それは関係ないのかも知れません。タマキの願いは、人生をやり直すくらいの規模です。それに対する対価として……こちらでの両親の存在を消されました。それは、相応の対価だったと思います。けれど」
素敵狛さんは言葉を飲み込んだ。
「素敵狛さん、聞かせてくれ。頼む」
「けれども、茶子ちゃんの対価はあまりにも重すぎました。茶子ちゃんの対価は……」
——死期を十年短縮する、
僕は意味を理解出来ない。それはつまり、どういうことなのか。そして何故、茶子は今、倒れたのか。
理解出来ない。違う、理解、したくない。
それはつまり、茶子は十年後に死ぬということだ。
「茶子っ!」
「待ってください田中くん! まだ、ま、まだ大丈夫です! 今は対価の前兆に近い状態だと思います。確証はありませんが……とにかく今は対策を考えないといけません!」
対策と言っても! もし、もし今すぐ茶子が……そんなことになったら僕はどうすればいい。たった一人の家族なんだぞ?
しかし、いつ何時も冷静に考えて正解を導き出すのがこの僕、田中だ。落ち着くんだ。
『あーあ、つまんないですわ〜』
クランベリー、か。
『これじゃぁラズベリーの独壇場ですわ、もうこんな世界に用はありませんわ』
こいつは、何言ってやがるんだ?
『それにしても、この世界線には厄介な神がいたものですわ〜。ゲームとしては盛り上がりましたけども、ストロベリーが殺されてしまうとは思ってもなかったのですわ。それに、ブルーベリーまでもがこんな人間に取り込まれてしまうなんて。ま、でもこの世界線が消滅すれば全て元通り、ですわ〜っ、て、きゃっ』
小さいくせにでっかい胸を自慢げに揺らしながら飛び去ろうとするクランベリーを掴む。少し乱暴かも知れないが、今はそれどころではないのだ。
『痛いのですわ! それがレディを呼び止めるジェントルメンのすることですの、ですわ!』
「うるせー、それより何だよ。今の、この世界線の消滅って。それに、ゲームってなんだ?」
『……』
「答えないなら、そのまま握り潰すか?」
「た、田中くんっ……そ、それはちょっと……」
素敵狛さんに感謝しろよ、妖精野郎。
『ふん、ですわ。言葉通りですわ〜! ゲームなのですわ、これは妖精、いえ、混沌の落とし子である我々の遊びですのよ。我々混沌の落とし子は母なる混沌から生み出された無垢なる混沌、大好物は世界線消滅の光景なのですわ〜! しかし世界線を破壊するだけではつまらないので、ルールを決めて人間を使うことにしたのですわ。人間を駒にして、願いを叶えさえるのですわ〜。人間は醜いから〜、お互いで殺しあったりもしてましたわ、愉快ですわ』
あー、駄目だ。つまり、コイツらが元凶で、月の侵略者と言われていたチュクヨミたちは本当の神さまだったわけか。そして今、その神さまたちと百合花が対峙しているかも知れないわけか。
「答えろ。対価を無効化する方法は?」
『うざったい神さまなら知ってるかも、ですわ? にゃはは!』
「くそっ! 素敵狛さんっ、百合花に加勢する! チュクヨミが来ているなら話し合いも可能かも知れない! 百合花にこのことを知らせないと!」
僕は妖精を放り投げ素敵狛さんの手を取る。地面に落ちた妖精はケタケタと高笑いをあげ言った。
『もう間に合わないかもですわ〜! だって、あの百合花の対価と願いは——っ!!』
「素敵狛、さん……」
「虫に用はありません。すぐに百合花さんに合流して神さまたちに状況を話すべきです。それしか茶子ちゃんの助かる道はありませんよ」
「そうだな」
茶子の助かる道、か。
十年。
たとえ十年でも、悔いなく生きてほしい。だから、今は茶子を助けることだけを考えるんだ! その後のことは、その後で決めればいい。
妖精の不快な笑い声はやがて消え、黒い灰となる。残る妖精、いや、混沌の落とし子は二人。百合花のデバイスであるラズベリーと、僕の中に潜む、ブルーベリーだ。悪いが今はその力を使わせてもらうぞ。僕がブルーベリーを抑えて制してさえいれば、素敵狛さんと二人でなら、なんとかなる。
そう願いたいところである。
場所は、裏山の公園、か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます