第17話 喪失(対価)
僕のアラームが鳴ったということは、今夜、また月からの侵略者が来るということだ。あれからの二体は所謂雑魚だったから楽に倒せた。素敵狛さんと茶子の不仲はいまだに深刻だが。
茶子の戦闘能力はあまり高くない。いや寧ろ低い。やはり回復タイプだけあり攻撃はポコポコ連撃くらいしか待ち合わせていない。
説明しよう。
ポコポコ連撃。
茶子の魔法少女スタイルは王道のピンクドレスタイプにハートステッキなのだが、その可愛らしいステッキでポコポコ叩く攻撃手段しか待ち合わせていないのだ。叩く度に漏れ出さん勢いでマシュマロが揺れる様は実に良いのだが、いかんせん攻撃力は皆無であり、誰かがダメージを受けない限り出番は殆どない。素敵狛さんとは両極端の性能だ。
月の破壊は絶望的であり、願いが叶うなんてことはほぼ確実にないと見た。
ポコポコ連撃の説明と尊さを語るのはほどほどに、——まだまだ語りたいのは諦めて、——今夜、敵が現れると予測される地点を特定したわけで。
どうやら僕と素敵狛さんが初めて一つになった記念すべき公園から更に上、そこにある寂れた神社の裏手がそうだ。
◆◆◆
僕と素敵狛さんが到着すると、既に百合花が駆けつけていた。因みに茶子は女の子の日でお休み。
魔法少女、自由出勤だったんだ。いや、こればかりは仕方ないのかも知れない。男の僕には理解出来ない問題なのだろう。きっと月の侵略者もわかってくれるはず。
「百合花っ! 悪い遅れた! で、心寝は? まさか喰われたのか!?」
「デバイス田中!? アイドルちゃんは打ち合わせで出張中だ。喰われたわけではない。そ、そっちこそ妹のプルンプルン茶子ちゃんはどうした?」
「おう! 女の子の日でおやすみだ!」
瞬間、僕の尻に激痛がはしる。
「田中くん、デリカシーないですよ」
すみません素敵狛さん、だからその包丁を尻から抜いてくれませんかね? 三ミリ程刺さってそうな。
◆◆◆
結果、禿げ散らかした馬のバケモノ(月は深刻な薄毛問題に悩まされていそうだ)に逃げられるという初の討伐失敗を喫したわけだが。
「百合花さん、何故あそこでトドメを……いえ、終わったことを言っても仕方ないですね。次に出現した時は確実に仕留めましょう」
変身が解除されふらつく僕を、ぼろ雑巾を摘むようにして申し訳程度に気遣う素敵狛さんの指摘に、同じく変身を解除した百合花が溜息混じりに言った。
「悪い悪い、ヘマしちまった」
「どうしたんだ? 百合花らしくない」
「いやぁ、環の絶対領域が神々しくて、つい」
「し、死んでください……」
百合花といえば、四人の中でもかなりのやり手だ。名乗れなかったデスデス幹部クラスも、トドメこそ素敵狛さんだったが、追い詰めるほどの攻撃を打ち込んだのは百合花だと聞いた。
単純に強さで言えば素敵狛さんと同等、いや、継続的な強さや戦闘センスは百合花が上だろう。
そんな百合花が、こんな雑魚相手に手間取っている。いったい何があったのだ?
考えても仕方がない。茶子も心寝もいないし、今夜は一時退却しかなさそうである。
「百合花、気にすんなよ? 次頑張ろうぜ?」
「あ、あぁ……わかった」
百合花のやつ、風邪でもひいたか?
◆◆◆
さておき、
妖精たちは言っていた。敵が月から現れるのは深夜零時だが、逃した敵はこの町に潜伏している可能性もあると。つまり、白昼堂々、敵が現れる可能性もあるのだ。出来れば勘弁してほしいが。
僕たちは禿げ散らかした馬のバケモノが再び出現する可能性を警戒しながら日常を送っているわけだが、とうとう一学期も終わり、結局何事もなく夏休みに突入した。
◆◆◆
夏休み初日。
僕は百合花と二人で買い出しに来ている。
素敵狛さんの家で今後のことを話し合うことにしたのだが、どうせならと食材を買い漁り庭の木陰でバーベキューでもしようと、そうなったわけだ。立案者は心寝である。
茶子がどうしても買い出しについて来ると言っていたが、心寝に支度を手伝わされていたので置いて来た。後で怒られるかも。
「百合花、あれから素敵狛さんとはどうなんだ? 少しはまともに話せるようになったのか?」
「う……いやそれがさぁ、環を見てるとさ〜なんかこう、ムラムラしちまって抑えられなくなるって言うかさ〜。ほら、意外と柔らかいだろ?」
「ま、まぁ柔らかいのは認めるが、あまりやり過ぎると、また殺しますよって真顔で言われるぞ?」
食材をカゴに詰めながら百合花は口元に手を当てる。
「ほんとアタシって馬鹿だよなぁ」
「どした? 最近らしくねーぞ? 確かに馬鹿だとは思うが」
「ん〜。じゃぁ、アタシらしいって、なんだよ?」
珍しく真剣な面持ちで僕に振り返る。百合花らしい。言っておいてなんだが、僕はまだ、百合花のことをよく知らない。
ただ、一時の感情に流されて男になりたいと願ってしまった魔法少女、ということくらいしか知らない。
「願いだってさ、正直なんでも良かったんだよ。男になりたいんじゃなくて、女を辞めたかっただけかも知れねーし。自分のことなのにさ、全然わかんねーんだから困ったぜ。あ、今のは忘れろ。無理なら一発殴って忘れさせてやるぜ?」
お前、何でそんな顔するんだ。
「百合花、お前まさか……」
僕は百合花に手を伸ばした。瞬間、
———————「——っ!」
僕の手は弾かれる。さすがに強烈な当たりだった。しかし僕はその力を受け流した。そうなるのではと思って手を出したから、反応が出来たわけで。
「ご、ごめん……デカい虫が飛んできたと思って……ちょっとビックリしちまっただけ……」
「お、おう、わかるぜ百合花。ふいに虫が飛んできた錯覚でビクッてなることは僕もあるぜ。周りを見てちょっと恥ずかしくなったりしてな」
「お、おお、そうそう。悪いなデバイス田中」
「気にするなって。帰って素敵狛さんを捕獲して遊ぼうぜ同志」
「おっ、いいね〜! また背中と間違えておっ○い触ってやろうかな」
「あれやっぱりわざとかよ!」
「可愛いAカップだよなぁ。しかししっかりと柔らかな感触なんだから堪らん」
「お主、わかっておるの〜! そうなんだよ、素敵狛さんは意外とむっちりなんだぜ」
「いやいやデバイス田中には敵わねーよ。アタシも環の服になりてぇよ。羨ましいぜ」
僕より高い位置から白い歯を見せて笑った百合花は少女だ。ただの少女、——笑うと顔がクシャッとなり、意外と可愛らしい八重歯も見えたりする、そんな普通の女の子なのだ。ぱっと見、は。
自分の願い自体に迷いがあり、それを捨てて素敵狛さんの願いのために戦うと言った百合花は今、その対価だけを背負い生きている。百合花螢の対価とは何だ。そもそも対価は前払いなのか。
ただハッキリしたのは、百合花は願いを見失い、対価のみが残った存在だということ。
百合花は、何がしたいのだろうか。
どうやら僕は、自分が思っている以上のお節介野郎なのかも知れない。
「百合花、お前ってさ……っ——」
反応した? アラーム!?
『なのよーー! のよのよ、のよよん! これはあの禿げ散らかした馬のバケモノの反応なのよ!? しかもかなり近いのよ!』
「おうラズベリー、お前も感じるか!? 微弱だが……確かに近いな」
『デバイス田中! 他の魔法少女に連絡をしている暇はないのよ! このまま二人で現場に向かうのなのよ!』
確かに逃すわけにはいかない。それに今は昼だ。あまり大事にはしたくない。町に被害が出る前にあの馬の毛を全てむしり尽くしてやらねば!
「百合花! 話は後だ!」
「えっ、あ、うん」
「悩んでることがあるなら、後でいくらでも聞いてやる! 今は禿げ馬を倒すことを優先しろ!」
「……っ!? ちょ、たなっ!?」
「大丈夫だ……! こわくねー! 行くぞ!」
僕は歯切れの悪い反応を見せる百合花の手を取り目的地の廃ビルまで走った。途中百合花が何か言っていたが、この際それはスルーだ。
百合花はまだ間に合う。もし、僕の予想が当たっていたとしても。
普通の女の子に、戻れるはずだ。
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