第18話 月読(チュクヨミ)の命(ミコト)
僕は百合花を知っている気がしていた。それはあの屋上遊園地ではじめて見た時に感じたのだが、その真は外見ではなく、名前だった。
——百合花という、特徴的な苗字に憶えがあったんだ。
◆◆◆
「ここか……!」
「お、おい田中!? お前マスターもいないのに来てどうするんだ!? 今のお前はただの変態だぞ!」
「あぁ変態さ! 百合花と同じだ」
「何言ってんだデバイス田中! お前おかしいぞ? ちょ、はやく手をはなせって」
僕の手を振り払いラズベリーを谷間から出した百合花は、こちらに見向きもせずに変身を開始した。やがて光の中からは、エメラルドグリーンの超ロング魔法少女(ホットパンツ仕様)が現れた。
『なのよー! 今日こそ逃がさないのよー!?』
「あったりまえだ! ラズ、行くぜ!」
廃ビルに侵入した僕たちはすぐに禿馬と遭遇した。深傷を負って退避していたのだろう。巨体をビクつかせた禿馬は小さくいななくと上階へ逃げていく。
逃してたまるか! 僕は階段を駆け上がり禿馬を追った。
四階、五階、六階——え、このビル高いなおい!
次第に息があがり始めた。しかし止まるわけにはいかないのだ。気合いで登りきれ田中!
よし、追い詰めた!
「けど、僕に攻撃手段なんてないよねー」
百合花は!? 来ていない?
禿馬が僕の丸腰を把握したのか、心なしニヤついたように見えた。いや、あれは確実にほくそ笑みやがった。馬のくせに。ブルル、と涎を散らしながら僕に迫る禿馬。近くで見るとかなり大きい。僕の身長の軽く二倍以上はあるだろう。
たちまち蹄が振り下ろされると、軽くペシャンコにされるくらいには巨大である。
まずいな、百合花が追いつくまで一旦引くか?
しかし何処に。それにコイツを今見失うと一般の人達に影響を出すかも知れない。
ここで仕留めるしかないだろうな。
その時だ、
ドンガラガッシャーン、と、まさに文字通り何かが砕けるような爆音が連続で迫る。足元が揺れ身動きもままならない。迫る、迫る、やっと来たか。
「うおおおりゃぁぁぁっ!!」
爆音に混ざり禿馬の小さな悲鳴? が聞こえたのと同時に、小さな拳が敵の顎を砕いた。百合花が床を破壊しながら登ってきたのだ。そして到着と共に強烈なアッパーを炸裂させたわけで、それを喰らった禿馬は白目を剥きながらスーパースローで宙を舞う。
『なんのよーー! コンボでチャージなのよ!』
「おーけいラズ! おらおらおら!」
これが百合花のコンボチャージか。連撃が速過ぎて馬の巨体が宙に浮いたままサンドバッグになっている。これが幹部クラスと呼ばれるデス野郎を一気に瀕死に追いやった技、——うん、よく生きてたな。
「終いだ!
これは決まった。そう確信した僕の視界に映る構図は、その確信とはかけ離れていたわけで。
「百合花ぁっ! 一旦引け!」
「デバイス田なっ——なっ、ゔぁっ……!?」
ゴミのように蹲る禿馬と必殺を放った百合花の間に突如現れた濃い紫色の服を着た来た女は、——相当に小さめの女は、その細腕からは想像も出来ないくらいに強烈な衝撃波を放った。
百合花の身体は突風に吹かれた紙切れのように見事に吹き飛び壁に打ちつけられた。これはまずいと駆け寄る僕の前にはヨロヨロで生まれたての子鹿みたいになった禿馬が立ちはだかる。邪魔はさせねーってか? 上等だ!
「退けい、禿馬! さもなくばこのデゔぁぁっ!?」
がばぼ! 後ろ蹴りー!? よ、弱っていても生身の僕では相手にならないのか。一瞬で意識をもっていかれそうになったがギリギリのところで踏ん張りダウンを免れた。走馬灯の中に素敵狛さんの無修正シーンが入っていたことが僕を奮い立たせたようだ。色々な意味で。
ありがとう、素敵狛さん!
とはいえ状況は最悪か。生身の僕でこの禿馬を倒すのは不可能だと身をもって味わった僕が取る手段は一つしかない。しかしその隙をどう作る?
恐らく幹部クラスであろう、あの病的なまでに白い肌と紫化粧の女、否、幼女を振り切ることが出来るのか?
迂闊だった。恐らくあの女、禿馬と同時にこちらへ渡って来たのだ。
それとも、コイツらにはその常識も通用しないのか?
百合花の変身はまだ解けてはいない。だが、あと一撃喰らうとゲームオーバーだろう。そうなる前に、活路を見出さないと。
しかし、その活路を見出すまでの時間の猶予などこちらにあるわけもなく。
「悪魔の
え、舌っ足らずで可愛いなコイツ。さておき、
濃い紫のローブ、いや、ローブのような和装のような不思議な服装をした、微妙に
話の通じる相手なのかも知れない。しかし、
「……だ……れが、命乞いなんか、するか」
「ほぉ、アレをまともに受けて立ち上がるか。なるほど妾の、この
それはさておき、奴は幹部クラスじゃなかったのか? それであの強さだとして、その上のコイツは……チュクヨミとかいうこの幼女はその上をいく強さだということなのか?
「よかろう。ならば壊してやるとしよう」
お、噛まずに言えた! 偉いぞチュクヨミ!
と、馬鹿な思考は横に置くんだ田中!
百合花は立ち上がり、自身に風を纏った。僕はというと、馬に進路を遮られていて動けない。
「アタシは……この世界が憎い……アタシをこんなにしやがった奴等が憎い……アタシはさ、とっくに壊れてんだよ、アンタに壊されるまでもなく。ラズ、お前の力を全部アタシの拳に集中させな」
『だ、駄目なのよ!? そんなことしたら攻撃を受けた瞬間ホタルの身体は吹き飛ぶのよ! 文字通り、木っ端微塵なのよ! 今耐えられたのはラズの力があったから——』
「わかってるって。いいから言う通りにしろって」
『駄目なのよ! ホタルの願いはどうするのよ!? 今ここで死なれるわけにはいかないのよ! コイツは一人で倒せるようなやつじゃないのよーー!』
「あー、ピーピーと……はぁ、アタシの願い、か。こんなことならもっと大層な願いにすりゃぁ良かったかな……大金持ちとか、いや、いっそのこと、この世界の終わりとかの方が面白いな」
狂気の笑みが百合花を染める。
「もう、戻れねーんだ。こんな気持ち、全部、消えちまえばいい。今更……くそっ、嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ、全部壊れちまえ……」
百合花の纏う風が激しさを増していく。次第にその色も血のような赤黒いエフェクトに変わった。デバイスである僕にはわかる、今の百合花はさっきまでの百合花とは別次元の魔力を纏っている。
それが右の拳に集中し、激しく燃える。
この時点でラズベリーの声は聞こえなくなった。百合花がデバイスを制しているということ、なのか? いや、取り込んでいる? 支配している? この状況は芳しくない。百合花を止めなくてはいけない。本能がそう告げている。
「退けぃ禿馬よ! 僕の邪魔をしてくれるな!」
いななく馬。やはり、コイツを突破してから百合花を連れて逃げるしかない。茶子や素敵狛さんなら今の百合花の状態も落ち着くかも知れないし。
だが、どうする。この憎たらしい馬を突破する力が僕にあるのか?
……僕にはない。しかし、
「……デバイスにはあるんだろ、なぁ、ブルーベリーさんよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます