第19話 甘味(スイーちゅ)


 僕にはデバイスとしての力が備わっている。僕の考えが正しければ、デバイス妖精たちは何らかの理由で単体では力を発揮出来ない。そこで僕たち人間の身体を媒介にして力を発揮している。

 あくまで憶測だが。しかしその憶測が正しければ、僕にもブルーベリーの力を使えるということになる、はず。現に身体を変形させることだって可能なのだ。この馬も身体を粒子化させればやり過ごせる。


 そしてそのまま暴走した百合花に取り付いて動きを止める。素敵狛さんの中に入ったように、百合花の深層に入り込めるかも知れない。百合花の中に僕自身を挿れるのは素敵狛さんに悪いが、——ヤキモチをやいてしまうかも知れないが、しかし今は四の五の言ってられない状況だ。


 まずは馬の注意を逸らす。


「あ! あんなところに人参が!」

『ひひん!?』


 よし、所詮は馬! 今のうちに百合花の元へ。

 意識しろ。僕の身体を自由に変形させるんだ。こい、こい、こい、来い、

 ————————!!!!


「キターー!!」


 成功だ! このまま百合花の中に。拳を振り上げた百合花の腰あたりに取り付いた僕はホットパンツの中へ侵入し、最終防衛ライン手前まで到達したのだが、あえなく気付かれ払いのけられてしまった。普通に入れば良かった。


「何のつもりだデバイス田中ぁっ! お前、こ、こここ、ここ殺されたいのか?」


 鶏か?


「百合花! 僕は思い出したぞ! 僕はお前のことを知っている。ずっと前から!」

「アタシを知っている? ふざけんな、田中! 邪魔するならお前も巻き込んでやる!」


 くっそが。何て圧だ。これでは近付けない。

 それに僕たちで言い争っている余裕なんてないのだ。現にチュクヨミのやつが片手を前に出し第二射の充填を始めたのだから。

 ならばラズベリーに直接呼びかけてみようと試みるが、反応は感じるが応答がない。やはり主導権を握られているか。

 主導権か。

 僕も素敵狛さんの主導権を握りたいなぁ。衣装を拘束具仕様にして……夢は広がるばかりである。

 また悪いクセが。


「醜いのぉ、人間。そんなお前たちには、神の鉄槌てっちゅいを下してやろう」


 まずい、このままでは鉄槌、いや、鉄槌てっちゅいを下されてお終いだ。百合花のダメージは深刻だ。それを喰らうと本気で死んでしまう。ラズベリーのやつが言ってた、今の百合花はノーガードの状態なのだ。ノーガード、卑猥な響きだぜくそ!


ぬがよい」


 んでたまるかぁ! いや、死なせてたまるか! 百合花、お前は!


「田中!?」


 放たれる衝撃波。やるしかねー!


「お前はっ! お前は綺麗だぁぁっ!!」


 ————激痛! なん、てものじゃねぇ!? 身体がバラバラになっちまったみたいに、いや、現に今はバラバラだが、その粒子一つ一つに激痛がはしる。チュクヨミの衝撃波はここまでの威力なのかよ! 無理、か……これ、死ぬ?


 いやまだだ! 粒子状態で駄目なら解除して一旦ヒトの姿に戻り、ダメージを抑えてやる。

 変身状態を解除した僕はたちまち吹き飛び百合花の胸にダイブした。柔らけぇ。冗談抜きでこのおっ○いのショック吸収能力のおかげで助かった。


「うっ……田中っ、くそ、馬鹿かお前は! 死んじまうぞ!」

「くっ……いい……香りだぜ……」

「はぁ!? こ、この変態やめろ! 嗅ぐな! アタシみたいなやつで発情してんじゃねー童貞!」

「……馬鹿は……ばかはお前だ百合花ぁっ!」

「はぅぅっ!?」


 百合花は素っ頓狂な声をあげ肩をすくめる。僕はその肩を掴み壁に押し付ける。百合花は目を逸らそうとしたが、手のひらで壁を鳴らしそれを制した。

 ビクッと身体を強張らせ、遂には震え出す始末。百合花、お前、やっぱ男がこわいんだな。




「いや、いやだ、やめて……触らないで、酷いことしない、で……こわい、こわい、こわい、痛いのは嫌だ、気持ち悪いのも嫌だ、全部嫌! いや、嫌嫌嫌嫌嫌、嫌だぁっ!」



 百合花螢。多分、五年前くらい。僕がまだ小学生高学年だった頃、たまたま公園で拾ったゴシップ誌で見た名前だ。今は発売中止になった伝説の雑誌、どんな記事も本名で包み隠すことなく記事にする尖った雑誌だったのだと中学生の頃に知った。

 そのたまたま拾ったゴミのような雑誌の見出しには、連続女児暴行殺害事件唯一の生存者、という、小学生には刺激の強すぎる文言。


 僕はただ、捨ててあるエロ雑誌を見たかっただけなのだ。それなのに、好奇心でページをめくったんだ。そしてその凄惨な事件に息をのんだ。


 百合花螢は、小学五年生の時に、壊れたのだ。


 泣いている。百合花は何かに怯えるように、——違う、僕に怯えている。力も、知力も及ばない大人に好き放題弄ばれた挙句、殺されかけた百合花にとって男の存在は恐怖でしかないのだ。

 強気で男勝りな性格も、そんな弱い自分を隠すため。……少し、大声を出し過ぎたか。


「悪い、びっくりさせちまったな」


 力無く壁にもたれた百合花の荒くなっていた呼吸が、ほんの少し落ち着く。そして僕に視線をやり絞り出すように言葉を漏らした。


「ごめん……き、気にしないでくれ…………た、なか……アタシ、は……」

「ごめん。僕は知っている。お前の過去を、知ってしまっている」

「だったら尚更、アタシにかまうなよ……こんな汚れた身体に触れるな……」


 汚れてなんかないぜ、百合花。

 と、いい雰囲気なのはいいが、少し後ろを拝見。


「ふぁ〜……」『ブルル……』


 コイツら、実はいい奴なんじゃね?

 なんだか待ってくれそうな感じなので引き続き百合花との世界に戻るとする。

 仕切り直して、——百合花のやつ、やっぱ可愛い。涙で目の下が真っ赤になってるが、その甲斐あってか瞳の潤み具合がハートを鷲掴んで来やがる。


「お前はめちゃくちゃ綺麗だよ、百合花」

「……中田……」

「田中だ! おい、今のわざとだろ……」

「環の真似だ。……田中、お前はめちゃくちゃ馬鹿だよ」

「あぁ僕は馬鹿で変態だ、お前もだ。なぁ百合花、僕のこと、こわいか?」


 百合花は首を横に振る。エメラルドグリーンの髪が揺れ、甘い香りが僕の理性をぶち壊しにかかる。しかしなんとか堪えて僕は言った。


「僕に素敵狛さんがいなけりゃ、余裕で惚れてる。超タイプだ。ま、僕はストライクゾーンが琵琶湖くらい広いが。いやぁ、ほんと残念だぜ、悪いな百合花」

「田中お前ぇ……何勝手にふってんだよ! って、琵琶湖って広いのかどうか微妙な表現だなおい……まぁ、でもよ、それって、可能性ゼロではない、ということでいいんだよな?」

「ん? いま何て?」


 上手く聞き取れなかったな。


「いや、何でもねー」


 ありがとな、そう言って一瞬の笑顔を見せた百合花の変身は解除され、ポンとラズベリーが空中に現れたのだが、そのまま百合花の谷間へ落ち、どんぶらこと沈んでしまった。

 羨ましい限りです。僕も沈みたい。


 さておき。僕は律儀に待っていてくれたチュクヨミたちに振り返る。チュクヨミと馬は白い目をしている。


「チュクヨミ、この通り魔法少女は戦闘不能だ。僕たちに勝ち目はない。負けを認める。だが僕はまだ死にたくはないのだ。何故ならまだ童貞だからだ! そこで提案なのだが」

「提案とな。よい、妾にさえじゅってみせろ」

「チュンチュン、チュクヨミ、お前甘いもの好きだろ?」

「なっ!? 何故そんなことをっておるかお前!?」

「いや、だってポケットに飴玉いっぱい入ってるし、なんとなくわかるだろ」

「ふぬぬぬ、しょ、しょれがどーした!」

「知っているか? 地球にはスイーツ食べ放題の店があることを。見逃してくれるなら、僕が連れてってやってもいいぜ? 勿論奢りだ」


 全財産とんでもいい。食いつけ!


「スイーちゅ食べ放題だとな!?」


 よし、食い付いた。案外ちょろいな、チュクヨミ。

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