第20話 自由奔放チュクヨミ(姫)


 僕は今、昼下がりの商店街を歩いている。濃い紫にウサギ柄の和装が可愛いチュクヨミこと月読命と、一緒にいた禿馬、馬尺バチャシとセットというカオス構図。因みにチュクヨミが呼ぶとバチャシになるが、恐らく本来の読みは馬刺しだ。

 失礼、バサシだ。表記を間違えた。


 さておき、

『ひひん!?』

 ——さておき、少しノイズが入ったが話を進める。

 チュクヨミとスイーツ食べ放題へ行く約束をしたことで、窮地を脱した僕たちだったが、流石に負傷した百合花を引きずって行くわけにもいかず。


 訝しげな表情で見上げてくるチュクヨミを何とか諭し、一度素敵狛さんの家に帰ることに成功したのだ。当然、百合花の負傷を見た皆は驚きすぐに治療を開始した。普段はツンとしている素敵狛さんは頬を赤らめながらも治癒チュウ魔法を、更に茶子の回復魔法全裸抱擁という、百合花が起きていたら飛んで悦びそうな最強の合わせ技が炸裂。


 ずっと見ていたかったが、——いや寧ろ参加したい限りであったが、外にチュクヨミを待たせているわけで、しかもまだ打ち明けてないわけだから、ひとまず男子は外にでてますとずらかってきたわけだ。


 そして今のこの状況、——馬に跨った幼女を連れて歩くというカオス構図が出来上がったのである。しかし不思議だ、馬が商店街を歩いているというのに、誰も不思議そうな顔をしないのだから。

 この町の住人にはカオス耐性でも備わっているのだろうか。僕もその一人だが。


「気になっているから敢えて言わせてもらうが、その馬、そんな小さくなかったよな、チュクヨミ」

此奴こやちゅ自在じじゃいに寸法を変えられるからの。手のひらサイジュにもなるし、あの建物より大きくもなれる」


 まるで自分のことのように自慢げに話すチュクヨミは、こうして見ると普通の幼女だ。しかしその真は月からの侵略者の一人。

 スイーツを食べながら、少しでも月の情報を聞き出せればいいが。


「おいお前、スイーちゅはまだか? まさかお前、妾をちゃぶらかして人気のない所へいじゃない陵辱の限りをちゅくそうだなどと、思っとらんだろうな?」


 その時は殺すがな、そう言ってクスクスと悪戯な笑顔を見せる。バチャシの頭の部分の残り毛を掴みながら。なるほど、バケモノたちの薄毛問題はこの幼女が原因か。だって、今も現在進行形でぷちぷち抜けてて痛々しいんだもの。


「店に入る時はバチャシを小さくしておけよ? 目立つんだから」

「うむ、いちゃし方あるまい。バチャシよ、妾の豊満な胸で眠っておれ」


 いや無いだろ。無乳だろ。


 ともあれ、バチャシはチュクヨミの中へ。

 程なくして夢咲モールへ到着。チュクヨミは大きな瞳を丸くして辺りを見回している。


「チュクヨミ、逸れないように手を繋ぐぞ。お前小さいから見失うと面倒だし」

「妾を子供扱こどもあちゅかいするか、この月のクレーターの隅に溜まったゴミのような顔をした下劣な人間めが」

「何だよその例え。迷子になっても知らねーぞ?」


 そっぽ向きやがった。仕方ない、自由にさせてやるか。下手に刺激すると命がないかもだし。

 レストランフロアは最上階、シネマエリアの反対側に位置する。僕はそこをめがけエスカレーターに乗ったのだが、隣で見えていたはずの見事なアホ毛がフッとその存在を消したのである。


「はわわ」

「何だよ、エスカレーターがこわいのか? ほら」


 仕方なく僕の手を取りエスカレーターに乗り込んだチュクヨミは終始僕の身体にしがみつくように震えている。月にはエスカレーターがないのかも。

 それともチュクヨミが世間知らずなのか。いずれにせよ、今のプルプルする姿は、百合花を吹き飛ばした幼女と同一人物とは思えないわけで。


 と、そんな思考を巡らせていると、途端に脛を蹴り上げてくるのだから子供は扱いが難しい。エスカレーターから降りればもう用無しということか、上等だこの幼女が。


「おおー、このフロアには色々なものがあるの!」

「あ、こらチュクヨミ! まだ上だって!」

田中ちゃなかぁ〜、くやちかったらちゅかまえてみるがよい! きゃはは」


 あー、もう。迷子になって泣きべそかくなよ?


 ◆◆◆


 はーい。

 ……案の定、迷子になりやがったのだが。


 これ、捜すの大変だぞ。時間は……午後二時半。あまりゆっくりはしていられないし、そもそも、帰った後、チュクヨミのことをどう説明するべきなのか。敵に回すよりは遥かにこちら側につけた方がいいのはいいのだが、戦力的に。

 いざとなれば、チュクヨミを人質、——いや、それは外道の考えることだ。チュクヨミは月からの侵略者だが、見たところまだ子供だし。


 その時だった。

 館内アナウンスが聞こえてきたわけだが、


『迷子のお知らせを致します。ただ今、一階迷子センターにて、ツクヨミと名乗——え、あ、はい、チュ、チュクヨミという名の馬の人形を持った女の子が——』


 十中八九、チュクヨミだね。

 やれやれ、迎えに行くか。世話のやける妹、いや、娘だわ。迷子センターだな。


 ◆◆◆


 迷子センターに到着。


「おお田中ちゃなかではないか。見当たらないから捜しておったのだぞ?」

「それはこっちの台詞……だっ、て、おい?」


 チュクヨミはその狭い歩幅で、ちょこちょこと小走りで僕の太ももに飛びついては顔を埋める。

 そっか、心細かったのね。


「ほら、スイーツいくぞ、チュクヨミ」



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