第16話 百合花の願い(葛藤?)


 今僕は、長身スレンダーでありながら胸もしっかり実ったショートカット美少女と、ほんの数センチの距離で見つめ合っている。それこそ、彼女の息遣いまでも鮮明に聞き取れるほどの距離で。

 彼女の震える唇はこう告げる。


「……お前が欲しい……付き合ってくれ」


 見事な壁ドン&股ドンでしっかりホールドされた僕に向かって、百合花はそんな言葉を投げる。


 まずは何故このような展開になったのかを説明するところから始めねばなるまい。ことの経緯はこうだ。それは夏休み直前のことだった。


 ◆◆◆


 七月に入ってから、二体の敵を倒した。一度目は僕と素敵狛さんと茶子で。二度目は百合花と心寝と茶子の三人だった。

 どうも僕は一度変身すると回復に少しばかり時間がかかるようなのだ。専業の妖精とは身体の作りからして違うのだ。そんな普通の人間が、実体を粒子に変化させ衣服や武器になるのだから負担がないはずもなく、連戦となった二度目は他メンバーに任せたわけである。


 その間も昼食は共にした。

 素敵狛さんも少し二人に慣れてきた頃、僕は百合花に呼び出されたのだ。


「何だよ百合花、話って」

「アタシは女だ!」

「いや知ってますとも」

「だけどっ……アタシは女の子が好きなんだ!」

「それも知っているぞ」


 しかし何だろうか。百合花の百合属性は今に始まったことではないが、それにしては表情が真剣だ。何処か鬼気迫るものがある。


「中学の入学式の時だった。アタシがソレに気付いたのは。そう、アタシは環と同じ中学に入学して、その日、環に恋をしたんだ」


 そうなのか、百合花と素敵狛さんは同じ中学だったのか。しかし百合花の想いもひたすらに一方通行なんだな。素敵狛さん的には知らない人くらいの認識だったみたいだし。

 百合花の気持ちはわかる。痛いほどに。

 素敵狛さんが魅力的なのも勿論認めよう。


「ずっと片想いだった。伝えることも出来ず、二年が過ぎた頃、魔法少女として戦う環を目撃したんだ。とても美しかった。アタシのモノにしたいと思ってしまった。その時、ラズがアタシの前に現れたんだ」

「それで魔法少女になった、か」

「アタシの願いは、ただ、男になりたいだった。男になって、環に告白しようと本気で思ったんだ」


 その願いのために、どんな対価を払ったのだろうか。僕はそれを聞くことはしなかった。


「なぁデバイス田中。環の……あの子の願いって、何なんだ? お前なら知ってるんじゃないのか?」


 素敵狛さんの願い。それは、もう一度お母さんとお父さんに会いたい、だ。対価は知らない。

 これを僕が勝手に伝えることは出来ない。その旨を伝え、その上で僕は百合花に言った。


「それでも僕は、素敵狛さんの願いのために戦う。たとえ最後に百合花と願いをかけた戦いになっても、彼女の味方をする。それだけは譲れないんだ」


 百合花は少し俯いたが、すぐに僕に向き直り、


「そっか。アタシは……まぁ譲っても構わねーかな」

「え、そうなの?」

「あぁ。確かにアタシの願いは男になることだけどよ、気付いてしまったんだよなぁ」

「気付いた?」

「そ、気付いた。というか悟った。男になって告白するより、女同士の方が尊いのだと!」


 こ、これが真の目覚め、か。


「そこでだ、デバイス田中? アタシに協力してくれないか? アタシは環と友達から始めたい」


 コイツ、素敵狛さんに一番嫌われていることを気に病んでいるのかもな。確かに辛いよな。同性だとしても、好意を持つ相手にそっぽを向かれるのは。

 まぁ、完全に百合花のエロアプローチが原因なのだが、そのあたり、気付いているのか?


「わかった。百合花が願いを諦めて素敵狛さんの願いのために戦ってくれると約束してくれたら協力してやってもいいぜ?」

「本当か、デバイス田中!」

「あぁ、デバイスに二言はねー! 百合花、まずは俺を素敵狛さんだと思って気軽に話しかけてみろ」

「よし、わかった!」


 こうして出来上がった構図が、


「……お前が欲しい……付き合ってくれ」だったわけであり、見事に決まった壁ドン&股ドンに僕は息をのむのであった。

 程よく実った開いた胸元が僕に迫り、芳しい香りが鼻腔を刺激する。そして聴覚は、


『なのよーーーーーー!!!!』


 聴覚が壊滅的なダメージを負った。

 胸の谷間で眠っていたのか、やけに静かだったラズベリーが叫びやがったのだ。唐突過ぎて心臓が止まるかと思った。


『お前このデバイス野郎のくせにラズのマスターにハァハァしてるんじゃないのよ!』


 いや、お前もデバイスだろ。


『この谷間はラズのものなのよ? 誰にも渡さないのよ!』

「わかったわかった……あまり学校で騒がないでくれ。確かに百合花は綺麗だし、女としての魅力はかなり高い。これだけ近くで見せつけられると、男である以上、色々反応もしちまう。悪かった。お前の気持ちも知っておきながら……」


 ……えっと。

 何だ、その表情は。頬を、いや、顔を真っ赤に染め上げ瞳を潤ませたその表情は何だ?


「……百合花……お前……」

「ち、違うっ! こ、これはっ……いや、そ、そんなはず……なんで……くそっ」

「あっ、百合花!? おい!?」


 行ってしまった。


 そしてその夜、僕のセンサーが鳴った——


 敵が来た。

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