第15話 昼(チュウ)食タイム


 僕が購買で手に入れたコロッケパンを食べる隣で素敵狛さんはメロンパンを一口頬張る。百合花の尾行を振り切り屋上前に逃げ果せたことで得た、二人だけのパラダイスタイムの始まりである。

 素敵狛さんは甘いものが大好きだ。メロンパンにメロメロで蕩ける表情が堪らん。もっと近くで見せておくれよ素敵狛さん。


「あまりジロジロ見ないでください」


 照れ隠しが可愛いな素敵狛さんは。

 モグモグと咀嚼する度、桜色の頬が膨らんだり萎んだり。唇にはメロンパンの欠片。それを舌で絡めとる無意識の仕草は至高である。

 あの唇に、——妙に大人びた肉付きのよい唇に僕の唇が触れたのが今でも信じられない。


「妹さん、——茶子ちゃんの回復魔法のおかげで田中くんは生きています」


 相変わらず唐突だな話題が。


「え、あぁ……ごめん」

「もう二度と、あんな無茶はしないでください」

「心配させて、すまなかった……」

「勘違いしないでください。デバイスを失うとタマキが困るだけです」

「僕がいないと夜も眠れない、と、そう解釈しよう」

「……なるほど、頭は治らなかったようで」


 素敵狛さん、今日はフルーツオレを購入したのか。本当に甘いものが好きなのだな。女の子らしいっちゃらしいのかな。

 ストローを唇の先で咥えると、ちゅぅ、と音が聞こえてくる。チュウではなく。


「……そう言えば、茶子の回復魔法ってさ、もしかして素敵狛さんの治癒魔法みたいな感じなのかな? えっと、チュウ魔法……」

「タマキは気を失っていたので、その方法は知りませんが、チュ……キ、キスはしないと思います」


 気になる。僕は茶子に何をさせたのだろうか。

 素敵狛さんはないって言うが、だとしたら普通に呪文とか唱えるのだろうか。逆に言えば、素敵狛さんの治癒の方が特殊なのかも。


 と、そんな思考を巡らせていると、複数の足音が踊り場に響き、それにより僕は妄想の世界から現実へ引き戻されたわけだが、——徐々に近づいてくる足音の主はあの二人だった。

 百合花螢と、心寝未来だ。


「へいへーい、デバイス田中。環を独り占めはいけないぜ? こんなところで襲ってやがったか」

「断じて襲ってはいない」

「あんまり環を汚すなよ〜? デバイス田中〜?」


 そう言って素敵狛さんの隣に座った百合花。

 素敵狛さんは咄嗟に、——殆ど見てもわからない程度に百合花から距離を取る。


「な、なんですか……」

「何って、一緒に飯食おうぜってことさ」

「騒がしいのは、苦手です……」

「ま、そう言ってくれるなよ、環。アタシとも仲良くしてくれよ〜? いや、率直に言おう。アタシの彼女になってくれい!」


「……すみません」


 間髪入れずに即答で拒否されたにも関わらず、絶頂を迎えたように身体を震わせる百合花に素敵狛さんの冷めた視線がザクザクと突き刺さっている。

 しかしそれは百合花にとってはご褒美である。僕にとってもご褒美であるように。


 そうだ、この二人なら茶子の回復魔法のことを聞けるかも知れない。知りたい反面、知らない方がいい気もしないでもない複雑な心境だが、せっかくなので聞いてみることにした。

 百合花は面倒なので素敵狛さんに対応してもらい、僕は現役アイドル魔法少女にその旨を問うてみる。


「茶子ちゃんの回復魔法の方法? 一言で言うと……超超超〜エロい全裸抱擁? みたいな?」

「え」


 いや待て、全裸? 茶子の全裸抱擁だと?


「正確には〜、光のシルエット状態の茶子ちゃんに包み込まれてるって感じだったよ?」


 くそっ! くそぉっ! 何故僕は気を失っていたのだ! こんなチャンス、そう巡っては来ないというのに! 何たる不覚っ……

 と、冗談はさておき、キスとかでなくてよかった。さすがに妹とキスしちまうわけにはいくまいよ。全裸抱擁も大概ではあるが、光のエフェクトモザイク処理付きだし、うん。


「いやぁ、安心したよ。妹とキスしたとなると大変だからな。魔法少女の回復手段がチュウだけじゃなくてよかったぜ」

『なのよ! そもそも、回復魔法を使えるのはクランベリーだけなのよ!』


 うわっ、びっくりした。突如として姿を現した妖精ラズベリーは小さな胸をピンと張り、この上ないドヤ顔で割り込んできた。すると同じように現れたツインテール妖精のストロベリーも背中の羽を忙しなくパタつかせながら口を揃えて言う。


『つまり、回復出来るのはお前の妹だけじゃということなのじゃ。クランベリー以外の妖精は回復を持ち合わせていないのじゃ。当然お前の食べてしまったブルーベリーにもそんな力はないのじゃ』


 そうだったのか。

 いやしかし、それはおかしい。

 なら僕に素敵狛さんがかけてくれた治癒チュウ魔法はどうなる? 確かに僕の体力は回復した。その所為で素敵狛さんがダウンしてしまったのも目撃しているのだ。


「でも素敵狛さ——」

「————中田くんっ!」

「……田中ね」

「……そ、そのコロッケパン、いただきます」

「あっ!」


 僕のコロッケパンが!?

 猫パンチ顔負けの速度で繰り出された素敵狛さんの左手により、僕の食べかけのコロッケパンが奪われ、そのまま小さなお口へ。

 喉を詰まらせたのか少し苦しそうに丸くなった素敵狛さんが僕を睨みつける。


 はい、了解です、言いません。


「環、大丈夫かよ? ほら、背中叩いてやる! お、やわらけー!」

「そ、そこは胸です殺しますよ!?」


 何してんだよ、百合花……

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