第42話 魔法少女の(田中)


 僕の身体を光の薄い膜、それっぽく言うと、ヴェールが覆っていることで、宇宙での呼吸、それどころか自由な航行までも実現している。

 デバイスとしての力は想像力、否、妄想力で何でも出来るのかも知れない。所謂チートだな。

 さておき、僕が向かうべきは月なのだが、どうやら客が来ることを予期していたかのように出迎える小さく愛らしい影が視界に入った。

 チュクヨミだ。


 僕は彼女の元へ降りた。チュクヨミは何も聞かずに口を開く。


「よくぞここまで来たの、田中ちゃなかちゅきまで追って来るとは、余程握られとうて悶々とちていたのだなぁ」

「んなわけあるか! 僕は幼女趣味じゃない!」

「馬鹿者、こちらから願い下げだ。して、要件は言わじゅともわかる。アレを何とかせねば、この世界線が消滅ちょうめつちゅるということだな」

「話が早くて助かる」

「ちかし、妾とお前だけではアレを止めることは不可能だ。まず、お前にそれを止める力がないではないか」

「それは、今から呼び寄せるさ! 僕と素敵狛さんは下着一枚で繋がっている!」


 僕としてはかなり格好つけたつもりだったが、チュクヨミはまるで変人を見るような顔で僕を見上げていた。僕は咳払いを一つはさみ、素敵狛さんを想像する。脳内に素敵狛さんと百合花の攻防が映し出される。両者譲らない接戦だ。

 百合花に必死に訴えかける素敵狛さんと、苦痛に表情を歪ませながらも止まらない百合花。

 そうか。百合花はそこまでこの世界を恨んで憎んで、壊したいほどに悩んでいたのだな。僕たちがどんな言葉をかけてやっても響かないくらいに、心を閉ざしてたんだ。わかってやれるはずがない。

 助けてやるなんて、大それたことは……


「うおおおーー素敵狛さぁぁーーーーん! 今一度、僕と一つに! 成ってくださーーーーい!」

「うわ、なんぢゃ唐突とうとちゅに!? 気でも狂うちゃか!?」


 狂ってなんていないさ。ギリギリ僕の一部を残したことで素敵狛さんと繋がっていたわけで、それをこちらに呼び寄せて一つになれば、二人揃って月に来れるって算段さ。一か八かにもほどがあるが、どうやらそれは、成功したみたいだ!


「た、田中、くんっ!?」

「素敵狛さん、もう一度変身しなおそう! 極限まで布地を減らして、巨大なキャノン砲を形成した超長距離砲台タイプの変身を!」

「も、もう、し、仕方ないですね……いきますよ、フォームチェンジです!」


 素敵狛さんが光のシルエットとなり、その周りを僕である光が包む。この光景が一番最高の瞬間かも知れない。目に焼き付けよう。


 ……たぶん、これがさいごだから……


「魔法少女タマキ、月に降臨です!」


 お、ちょっとやる気満々で可愛いじゃない。

 それはさておき、やるしかない。あの巨大なエネルギー弾を、僕と素敵狛さんのキャノン砲とチュクヨミの衝撃波の合わせ技で砕く!


「チュクヨミ! 僕たちがアレに穴をあける! その中心に渾身の衝撃波を放って内部から砕くんだ! 砕けた破片は素敵狛さんの拡散ビームで破壊する!」

「うむ」


 あー、素敵狛さんのチャージするポーズが最高だぜ。内股で巨大キャノン砲を構えている。それを僕は全身で支えている感覚。

 ありったけの力で放つんだ、その衝撃から僕が君を守ってみせる。


「放ち、ます! お願い、貫いて!」


 ドン!


 真っ直ぐエネルギー弾に伸びる白いビームはやがて対象に接触、激しい火花を散らしはじめた。

 チュクヨミが素敵狛さんの頭の上でタイミングを見計らう。あとは貫くだけだ。しかし、


「くっ……押し返されて、ます! たな、か、くんっ! このままじゃ!」


 くそっ! なんて力なんだ! エネルギーの塊が僕たちの視界を埋めるほどに近くなる。


「くっ、もはや……」

「ごめん、なさい……タマキがもっと強ければ……こんなことにはっ」


 貫け! 貫け! 頼むから!


「ゔおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 ドン!


 空いた!


「チュクヨミ!」

合点承知がってをちょうち、砕けよ! 神の、てっちゅぅぅいぃぃっ!!!!」







 結果から言うと、成功した。

 エネルギー弾は消えて、月もチュクヨミも無事だ。勿論、素敵狛さんも、僕も。

 全霊の攻撃魔法が砕けた反動で地上の百合花は倒れた。チュクヨミの神の眼で確認した。

 あとは、僕の仕事である。


「素敵狛さん、今度こそ、幸せに」

「え? たな、か、くん?」




「デバイスである田中は、本時刻をもって素敵狛環との契約を破棄する」





 素敵狛さんと僕の身体が引き裂かれる。普通の女の子に戻った素敵狛さんをチュクヨミの泡の中へ。


「田中くん? ちょ、これはどういうことですか!?」

「僕は帰らない。僕は皆んなが幸せに暮らせる世界を作りたい。何より、茶子には死んでほしくないんだ。家族だから」

「い、意味がわかりませんっ! そ、それなら一緒に帰って、茶子ちゃんを救う手立てを考え——」

「それはもう、考えているんだよ、素敵狛さん。君の願いも、茶子の命も救う方法を。僕は魔法少女の彼氏だ、おこがましいが、出会った魔法少女全員が笑える世界を作りたい。たぶん、僕にはそれが可能なんだ」


 チュクヨミは小さく頷いた。これから僕が何をしようとしているか知った上で、それを容認するかのように。


「素敵狛さん、僕は君が……」


 さよなら。僕は君が好きだ。


 チュクヨミが手を叩くと、素敵狛さんを捉えた泡が僕の前から消えた。素敵狛さんは、地上へ返した。

 さて、最期の仕事だ。


「チュクヨミ。ごめんな」

「優しく殺すのだぞ、痛いのは嫌いだ」

「……ブルーベリー。僕に従え。僕はお前と契約する。お前に拒否権はない」


 僕の身体が青い光に包まれる。


 僕は願いを叶えるため、


「うしろを向いておいてやろう。わりゃわは大丈夫だ。んでも、数百年もすれば蘇る。神だからな。気にせずやるとよい。月は妾が消えれば共に消滅する。安心せい」


 僕は、願いを叶えるため、神を殺した——

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