最終話 魔法少女の彼氏(※)



 田中が月を破壊したあとの話。


 世界は、田中の望んだ通りの世界に塗り替えられた。人気アイドルの心寝は、その境遇に悩むことなく、人々に夢を与える。ゴシップ誌の表紙を飾っていたはずの百合花に悲劇は起こらず、それどころか、人気女性誌の表紙を華やかに飾るモデルとなる。


 更に数年。

 余命が十年しかないと宣告されていたはずの妹、茶子。彼女は新たな家族を得て幸せに暮らしている。生きている。


 夢咲町は今日も平和だ。

 商店街の駄菓子屋に群がる子供たちを睨む店番のメル。ピンクブロンドの髪の悪魔と人間のカップル、黒縁眼鏡の優男とその手を引く笑顔の幼女、自販機で背伸びをする小学生とボタンを押してやる少年、陽気に尻を振り歩くいつもの茶トラ猫、——まだまだいるが、まこと、愉快な町である。


 この町に、異なるモノが寄り付くのには理由がある。全ての物語の始まりは、彼なのだ。

 確かにここに在った、田中という存在なのだ。彼の妄想が、楽しそうな世界が、この町、夢咲町を形成している。ここではこれからも様々な物語が生まれるだろう。彼が参加しないことで、それが成り立つのが、とても惜しいところではあるが。


 ◆◆◆






「貴女、式はもうすぐなのよ?」

「わかっています、お母さん」


 黒い髪の彼女は綺麗なドレスに身を包む。今日は彼女の結婚式のようだ。

 しかし、彼女の表情は浮かない。ため息を一つ、そして立ち上がった彼女は外に出た。

 歓声が上がる。小国とはいえ一国の姫の結婚なのだから当然ではあるが。


 彼女はあの町でのことを憶えてはいない。

 田中の願いは魔法少女皆が笑って過ごせる世界にする、だったわけで、彼女は彼女の在るべき場所で幸せに暮らしてきたのだ。


 アニャスタシア=マータタビィ=ニャン=ゴロニャリアスは、幸せなはず、なのに。


「眩しい……」

「皆んな、貴女のことを祝ってくれているのよ」

「お母さん、お父さん……わたし……」


 彼女が言葉を飲み込んだ、その時だった。

 広場に乱入してきた一人の男がいた。男は禿げ散らかした馬に乗って彼女に言った。



「アニャスタシア=マータタビィ=ニャン=ゴロニャリアス、いや、素敵狛さん。僕と付き合ってください!」



 彼女は答えは、——




 魔法少女の彼氏





 彼女の答えは、彼の心を癒したのだとか。





 おしまい。

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魔法少女の彼氏 カピバラ @kappivara

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