魔法少女の彼氏

超!カピバラ

第1話 はじめての変身(変態)


「……付き合ってもらえますか?」

「まぢかよろこんで!」


 彼女、ゲーーット!!

 すまない取り乱した。状況はこうだ。

 高校に入学後、——入学して三ヶ月を過ぎた梅雨明けの初夏、僕は初めて女子と会話をした。

 相手は同じクラスの、確か、素敵狛環すてこまたまきさんだ。S級ボッチの僕が言うのもなんだけど、素敵狛さんもあまり目立つタイプではない。つまりはボッチである。


 いつも一人で窓の外を見つめているちょっと不思議な女の子、それを日課の如く見つめているとたまに目が合う——そのくらいの関係。

 ……ストーカーではない。さておき、

 素敵狛さんは僕に『付き合ってください』と言った。これは告白であると推測される。否、推測ではなく間違いなく告白だろう。

 実は気付いていたのだが、——彼女が鋭い眼光で僕を意識していることは薄々気付いていた。あの刺さるような眼差しはクセになる。

 僕は深く考慮することなく、咄嗟に、反射的に、ここぞとばかりに即答でOKを出した。


 さておき、いやさておくべきではないが、ひとまずさておき、まずは僕の彼女になった素敵狛さんを直視してみよう。

 あどけない顔立ちをしている。猫ちゃんを彷彿とさせる大きな瞳と少し太めの困り眉、意外とぷっくりとしたエロい唇、薄紅色に染まった柔頬は指で突けばそのまま沈んでしまいそうな——なんだこの美少女は。


「あ……えと……」


 肌も真っ白だ。黒いショートヘアはサラサラしていて指通りも良さそう。性格も大人しくていい。

 僕はあまりズケズケとくる女子は得意ではないのだ。まぁ、ズケズケと来られたことなんて今までの人生で一度もなかったが、かつて。


「素敵狛さん、僕は誓います。素敵狛さんのためならたとえ月に撃ち込まれても本望!」

「……月に、あ……あ、はい、なるほどです。そ、それでは今夜、日付の変わる前に丘の上の夢咲第二公園まで来てもらえますか? 小さな誰も来ないようなお墓の裏手の林を抜けたあたりの幽霊が出そうな公園ですが……場所、わかりますか?」


 超が付くほどの強烈な上目遣いが僕を捉える。答えは一択である。僕は素敵狛さんと深夜に会う約束をした。夢咲第二公園、確か裏山の墓地の更に奥へ行けばあると言われる公園だ。存在だけは知っているが、どうやら素敵狛さんはそこで僕と会いたいらしい。無論断る理由などない。即答で快諾した。


「あ、ありがとうございます……そ、それでは、絶対に来てくださいね?」


 これが天使というやつか。僕は今夜、僕のままでいられるだろうか。


 ◆◆◆


 深夜、——時刻にして二十三時半を少し過ぎた頃、僕は公園の木に縛り付けられていた。縄で。


 視界には素敵狛さんが映る。雨が降っているわけでもないのに何故かレインコートを着ている。暑くないのだろうか? いや待てそうじゃない。何故僕は縛り付けられているのだ? そして何故、素敵狛さんはレインコート姿で片手に包丁なんか装備しちゃっているのだ?


「ご、ごめんなさい……でも、田中くんが悪いんですよ……田中くんがタマキの変身デバイスさんを食べちゃったから悪いんですよ? あの、きっと大丈夫です。い、今から取り出しますから、い、痛かったら言ってくださいね? 運が良ければ死なずに済——」


 何を仰っておるのだ、このヒトは!?

 食べた? 取り出す? 包丁、レインコート?

 これ、もしかして解剖されちゃう系ですか?


「素敵狛さん? こ、これはどういったプレイなのかな?」

「田中くんにどんな性癖があるかは知りませんが、あまり気持ちの悪い言い回しはしないでください。これはただの作業です」

「性癖とかじゃぁなくてですね!?」

「……それでは、失礼します」


 恥ずかしいので目を瞑っていてください、そう付け加えて僕のシャツのボタンを一つ、一つと外していく素敵狛さん。僕は恥ずかしそうに目を逸らしながらボタンを外していく素敵狛さんを凝視した。限りなくエロい神演出である。しかし不器用なのか、それとも緊張しているのか、中々に苦戦している。と、その時、


「……っ……えいっ!」


 瞬間、ブチッという音が鳴り、胸のあたりの風通しが良くなった。足元に飛んだボタンは音もなく転がり、——飛んだボタンの一つが素敵狛さんの鼻に直撃していたのはこの際触れないが、——要約すると女子に野外で脱がされた。


「ちょ、素敵狛さんっ!? こ、こういうことはちゃんと部屋でしたほうがいいと思うよ? 僕はエロいが、こう見えてノーマルタイプなのだが!?」

「田中くんの体液で部屋が汚れてしまうのは非常に不愉快ですから」

「た、体液だなんて、す、素敵狛さんって実はかなりエッチな子だったんだね。えっと、アレだよね。白いアレ、体液が見たいお年頃、なんだよね? わかった、出します、出しますから!」

「……赤いほうです」


 いんやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


 やはり素敵狛さんは僕を解剖する気なんだ! まさか、サイコプァ、——サイコパス? こんな可愛い顔して人を平気で殺せる狂人なのか……?

 いったい僕が何をしたって言うんだ?


「……っ……仕方ないん、です……ごめんなさい。死なないようにゆっくりしますので」


 彼女出来た瞬間心中だなんて! って、あれ?

 素敵狛さんの小さな身体が震えている。僕の腹に包丁を突きつけたまま、彼女は震えている。

 きっと平気なんかじゃない。この狂行には何か理由があるに違いない。僕を解体してでも成し遂げねばならない何かがあるんだ、多分。なら、何とかして止めないと、今ならまだ間に合うかも知れない。


「す、素敵狛さん……ぼ、ぼぼぼ僕で良ければ、何か力に……」

「……無理ですよ。ごく普通の、いえ、普通以下の高校生の田中くんがタマキの力になるなんて」

「素敵狛さんだって、普通の高校せ——」

「タマキは、普通の高校生なんかじゃありません。何も知らないくせに、知った風なこと——」


 ——カチ————

 声を遮るように時計の針が深夜零時をさした。


「……っ……敵が来ました……やれるだけのことはします。だから田中くんは逃げてください……」


 そう言って縄を切った素敵狛さんは僕に背を向ける。僕はその小さな背中越しに、異形のバケモノを捕捉した。それは、嘴が四つある鳥のバケモノだった——禿げ散らかした鳥のバケモノだった。

 理解の追いつかない中、僕は素敵狛さんの手を取るべく一歩踏み込んだ。


「逃げてください! 変身出来なくても簡単な魔法は使えます! 時間稼ぎくらいにはなります! ……タマキが死んでも、代わりはい——」

「——代わりなんていないって! 変身? 時間稼ぎ? 何言ってるんだ、とにかく逃げよう! 素敵狛さんっ! こんなのに勝てるわけない!」


「……サヨナラ、中田くん」


 いや田中です! このタイミングで間違えないで! すてこまさん!!


 僕が心の中で叫ぶ一方で、素敵狛さんとバケモノを囲うようにドーム状の光が形成された。

 魔法だの変身デバイスだのと所々耳を疑う言葉が出てきた。しかしこの禿げ散らかした異形を目の当たりにしてしまうと一気に信憑性が増してしまう。素敵狛さんは言った。僕がその素敵狛さんの変身デバイスを食べたのだと。


 いや……記憶に御座いません。


 そもそも変身デバイスってどんなものなのだろう、と思考を巡らせていると異形の咆哮が意識を現実に呼び戻す。


 禿げ散らかした鳥のバケモノ、以下、禿鳥はげどりが繰り出す強烈な連続啄み攻撃をギリギリのところで躱すレインコート姿の素敵狛さん。しかし足元がおぼつかない。恐らく砂地が滑り踏ん張りが効かないのだ。何故、素敵狛さんはク○ックスで来たのだろうか。せめてスニーカーとかならまだマシなのに。


 しかし避けながら光の玉を放つ素敵狛さんはさながら魔法少女そのものだ。魔法が使えるってのは嘘じゃなかったみたい。というかもはや、状況を受け入れるしかないのが現実である。僕には特技がある。どんな状況にもすぐに対応出来る環境適応能力だ。


 とにかく今は祈るしかない。禿鳥に素敵狛さんが勝利することを。

 しかしそんな僕の願いも虚しく、ついに嘴が素敵狛さんを捉えてしまった。

 ギリギリで致命傷を免れたが、レインコートが裂けて可愛い部屋着姿が露わに。それパジャマですよね。素敵狛さん、僕を解剖したあと、普通に帰って寝る気だったのかな?


「きゃぁっ」


 素敵狛さんの小さな身体は強烈な突きで飛ばされ自ら作り出した光の壁に打ちつけられた。そのまま膝から落下し倒れた素敵狛さんに鳥野郎が追い討ちを仕掛ける。

 羽根から伸びた触手が彼女の足首に巻きつき軽々と持ち上げ反対側に放り投げる。当然素敵狛さんは反対側の壁に叩きつけられ力なく落下、——否、落下すら許されなかった。無数の触手が素敵狛さんに絡みつき締めつける。部屋着もはだけて大変なことになっているが、今はそれどころではないのでとりあえず脳内フォルダに保存だけした。


 それより、素敵狛さんを助けないといけない。このままでは素敵狛さんがヤられてしまう。この禿鳥、彼氏の前だぞ!

 いやしかしエロいな、ではなく、まずはあのバリア、光のドームを破壊しないといけない。やるしかない、やるしかない、漢を魅せろ!


「ゔおおおおおぉぉぉぉ!」


 僕は渾身の力を込めて光のドームに体当たりを試みた。思いの外脆かったのか、素敵狛さんの力が弱まっているのかは知らないが、割と簡単に突破成功。光のドームはガラスのように砕け溶けるように消えてしまった。

 見上げれば素敵狛さん、——触手でグルグル巻きにされた胸や太ももが強調された姿の素敵狛さんが確認出来た。この禿鳥、魔法少女をよくわかっておるな。


「……っ……あっ、んっ、に、げ……」


 溢れる声が実に良い、ではなく、


「逃げない。僕は誓ったのだから! 素敵狛さんの彼氏として、何があっても守り切ると!」

「……いや、かれ、しとか、そ、れ、勘違い、で、すからぁ」

「素敵狛さんっ! 僕は君のデバイスを食べた記憶がない! だけど、僕がデバイスを食べたのならば、僕を使って変身出来るかも知れない!」

「……そんなの、恥ずかしいじゃないですか、んぁっ……」


 漏れる声がたまらなくエロい。さておき、


「恥ずかしがってる場合じゃない!」

「ん、だって……変身デバイスが、んんっ、魔法少女の衣装に変化するわけで、つ、つまり……素肌に田中くんが張りつくわけで……その……」

「マジかキターー! 素敵狛さんっ! 今すぐ変身するんだ! 恥ずかしがってる時間はない! このバケモノに勝つには、変身するしかない! 僕が文字通り全身全霊をもって協力するから安心してくれ!」

「……それじゃ変身したいだけの変態じゃないですかっ……全然安心出来ません、何ですか全身全霊って!」


 何とでも言ってくれたまえよ。漢には引き下がるわけにはいかない局面ってのがあるんだ!


 それが、——今だ!!


「素敵狛さんっ! 僕と一つになってくれ!」

「……ほんと少し黙ってください……言い方……言い方です……で、でも、やるしかないみたいですね……い、一度だけですから。成功するかどうかは五分五分、失敗したら田中くんはこの世から消滅するかもですが、タマキにもまだやるべきことがあるから、尊い犠牲をはらってでも、成し遂げたい望みがあるから!」


 へ? 消滅?


「マジカルアーツ、発動っ!」


 ちょ、すてこまさん!? 待って待って待って待って待って!! 心の準備がガガガ!!


「インストーーーール!!」


 か、身体が溶ける!? 認識出来ない、自分の手が、足が、何処に何があるかわからないくらいにごちゃ混ぜになっていく。息子は、息子は無事だろうか!? いや、それどころじゃないが、い、意識だけが取り残された感覚。なんだこりゃぁぁーー!!


 視界は回転、洗濯機の中の衣服になった気分で光る肢体へ向かう。——光る肢体!

 素敵狛さんの身体が激しく発光している。しかもありのままのシルエットで! そうか、変身にともない元着ていた衣服、——あの可愛らしいクマさんパジャマが弾けたのか!

 そして今、この僕が素敵狛さんの衣服となる!

 なんて素晴らしい演出なのか。僕が、——僕であろう光の塊が叫びながら近付いて来るのを、狂人を見るかのような軽蔑の眼差しで迎え入れる素敵狛さん。その表情も悪くない! 萌えてキター!


「きゃっ!?」


 よし、とった!

 わかる、わかるぞ! 僕が素敵狛さんの衣服になっていく感覚が! 全身で素敵狛さんを感じられる! 太もも、おしり、胸、その他諸々の大事な部分も全て感じられる!


「はぅっ……くすぐったいっ、あんっ」

『素敵狛さんも感じているんだな!?」

「ほんっと黙っ! んっ、ちょ、ちょっとこの衣装……露出多すぎないですかーー!?」

『そんなことはないさ! 変身完了!』

「……か、完了……」


 今、素敵狛さんがどう変化したのかはうまく確認出来ないが、髪が真っ白になりめちゃくちゃ長くなっていることはわかる。なるほど、白系魔法少女、神秘的で悪くない。


 さて、おふざけはここまでだ。

 僕の素敵狛さんを痛めつけた禿鳥には痛い目を見てもらおうか。まぁ、服の僕が何をするわけでもないのだが。


『素敵狛さんっ、いこう!』

「きゃんっ!? も、もう喋らないで……」

『素直になって素敵狛さん! 僕も気持ち良い!』


「タマキは……気持ち悪いんじゃぁーーーーーーい!!!! おんっどりゃぁぁぁっ!!!!」


 凄い! 力が漲る感覚が柔肌を通してわかる!

 どうやら僕の視界は素敵狛さんの小ぶりな胸の辺りの飾りのようだ。少し上を意識すると、顔を真っ赤にした美少女が確認出来た。しかし衣装になってみてわかったが、素敵狛さんはいいおしりをしている。意外だった、なるほどやはり女の子。次の変身の時はもう少しスカートを短くして白いニーハイで絶対領域を強調しよう。夢は膨らむばかりだ。


 さておき、素敵狛さんの叫びが止むと、視界に特大のエネルギーの塊が見えた。両手を前に出し、その先にエネルギーを充填しているようだ。

 両手を前に出したことにより、小ぶりな胸が少しばかり強調されたのがわかる。ムニッと。最高かよこの位置。


 ドン————!!


 衝撃が走るとともに、エネルギーが放出された。禿鳥に向かってまっすぐ伸びる光線はもはや回避不可能、光線は禿鳥に直撃しそのまま空高く撃ち上げていく。

 上がっていく、まだ、更に、かなり小さくなりやがて、空中で爆散し綺麗な光の粒を降らせた。

 まるで綺麗な花火のよ——


 瞬間、血の雨が僕達に降り注いだ。


 そこ、リアルじゃなくて良くない?


 ◆◆◆


 目が覚めると、素敵狛さんがいた。


「……生きていましたか」

「なんかすみません、生きていて……」

「いえ、冗談です」


 顔が冗談に見えないのだが。それより、


「……ここ、は?」

「タマキの部屋です。デバイスさんと一体化した中、あ、田中くんは所詮ボッチの何の取り柄もない高校生ですから、変身の負荷に身体が耐えられなかったのです」


 確かに、身体、動かないな。というか、今、間違えかけましたよね素敵狛さん?


「今夜は泊まっていってください。簡単な治癒魔法なら使えますから」


 頬を紅潮させ伏せ目で語る素敵狛さん。やっぱり可愛いな。ずっと見ていたいが、どうにも身体が動かない。


 ここで僕の意識は途切れた——

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