第33話 未来(ミライ)後編【心寝視点シナリオ】


 辺りが色を無くしていく。違う、失くしていく。モノクロの世界が広がっていく。


「ストロベリー、これは……?」

『なのじゃ。恐らくチュクヨミの力なのじゃ』


 わたし達以外の人が、まるで静止画のように動きを止めている。時計の針も、空の花火も、溢れそうなジュースも。

 わたしはそんな中をハンマー背負って走っているわけだけれど、——魔法少女の姿で走っているわけだけれど、相当におかしな状況だけれど、これならこちらとしても都合がいいね。


「思いっ切り、暴れられる!」




 見つけた。チュクヨミ。


 チュクヨミは私に振り返る。首だけをこちらに向ける。その瞳が濃い紫を仄めかせ残像を描く。

 足元には、


「素敵狛……環……?」

『ブルーがやられたのじゃ!? そんな筈は!?』


わりゃわじゃない……わりゃ、わ……は……ミ、ミライ、わりゃ」


 これが、月の侵略者のやりかた。仲間のように振る舞い、気の緩んだところを狙って。


「やっぱり、アンタは敵だったわけね……」

「違うのだ、わりゃわはっ、わ……わりゃわが、わ、わ、……逃げ、る、……わりゃ、わがっ………………愚かな人間と、それを誑かす悪魔に神の鉄槌てっちゅいを下した! 見ておるがいい、これが、神に楯突たてちゅいた者の末路まちゅろなのだ!」


 チュクヨミが技を発動させる? このままだと素敵狛環が殺される。それは……


「わたしとしては……どっちでもいいんだけどね。でも」


 田中くんは、別。だから、


「なっ!?」

「殺させないよ? 正体を現した悪魔め! インパクトクラッシュ!!」


 よし、砕ける! チュクヨミの攻撃手段は百合花に聞いた通りね。見えない衝撃波を使う。でもわたしの武器はその衝撃波を砕くことが出来る。

 対衝撃戦なら、負けない。


「ミライ!? ぐっ、ならば威力を増して!」

「相手が悪いよチュクヨミ! アンタがいくら強くても、わたしは衝撃では負けない! 砕けろ、悪魔が! 必殺! 超超超〜絶っtクラッシュ!!」


 ドン!


 やった! 当たった!

 チュクヨミが吹き飛んでいく。地面を転げていく。無様、無様、超〜無様に! わたし、勝てる!


「うっ……いちゃいょ……ミライ……わりゃ、わは、殺したくなど……」

「今更遅いんだよ! アンタらが元凶なんでしょ!? 世界を滅亡させる元凶なんでしょーがぁぁぁーー!! せめてもの慈悲よ! 一思いに仕留めてあげる!」


 意識を集中させると、わたしのハンマーが形を変えていく。巨大化、そして、ブースターで威力とスピードを極限までに強化。


 なぁんだ、簡単じゃない! 要は想像力、田中くんは人一倍想像力があったってことね。



 やれる。チュクヨミを殺——


 コロス、の?


「あ……わたし、は……」

『なのじゃ!? は、はやくトドメを刺すのじゃ! 相手は虫の息なのじゃ!』


 チュクヨミちゃんを、わたしが殺す。殺してどうするの? 決まってる。願いを叶える。何でもない願い? 違う、欲しいものが出来たから、それを手に入れる。普通の女の子とか、そんなもの、もうどうでもいい。わたしは、田中くんが欲しくなった。


 そのために、殺すんだ。


 いいよね。だって、コイツらは世界を滅ぼす悪魔なんだから。殺しちゃっていいよね。

 違う。殺すとかじゃない。駆逐だ。そうだよ。


 わたしは何も悪くない。

 正義のために、戦っているだけなんだから。


 未来のために。ミライの未来のために。


 振り下ろせ。振り下ろせ。振り下ろせ!

 わたしがやらないと、コイツが田中くんを殺してしまう。わたしがやらないと世界が終わる。


『なのじゃ』


 いや、違うか。わたしは、


「チュクヨミ? わたしのために死ね!!」


 ————!!


 モノクロの世界に轟音が響き渡る。振り下ろしたハンマーはチュクヨミの小さな身体を間違いなく潰した。真っ赤な液体と、両手が宙を躍るように舞う。

 神さまの血も、赤いんだ……




 巨大化していたハンマーが消えた。

 わたしの視界には、地面で泣きべそをかいたチュクヨミの姿が映る。振り下ろしていた両腕は、


 りょううでが、え……何、こ、れ……ぅっ


「ゔぁぁぁぁーーーーっ!?」


 腕、わたしの、うでが、——ないぃぃっ……


 ドサリと。チュクヨミのものと思っていた、——奇怪に宙で踊っていた両腕が地面に落ちると同時に、それがわたしのものだと気付かされる。


「いぃっ、だっ……ぁ、えと……いだっい……う、ゔっ……」


 何で? なんでなんでなんで? 確かにわたしは! 痛いよ、痛い、いたい! 血が、血が止まらない。死ぬ? わたし、死ぬの?


「おやおやツクヨミ。心配したよぉ、勝手に人間界に降りちゃうんだからぁ。あれだけ駄目だって言ってたのにぃ」


 痛い痛いっ、お、おとこの、声?

 何者……?


『しくじったみたいなのじゃ。ミライ』


 ストロベリー? ストロベリー?

 駄目、ストロベリーの力が弱まってる。痛いけど、まだ変身状態だから、こうやって思考を巡らせることが出来る。解除されたら……

 血飛沫が視界を遮る中、わたしは空を見上げる。そこには二つの影。モノクロだったはずの空の背景に、黄金に輝く月が昇っている。


「チュサノオ……アマテラチュ……」


 いやだ、助けて。助けてよ誰か! 百合花っ、ちゃ、茶子ちゃん! お願いわたしの腕を治して! お願いだから助けて!


 田中くんっ……


「ツクヨミが世話になったねぇ。けれども、これではっきりしたよ。やはり人間は滅びるべきだとね」

「そのようね。わたくしの可愛いツクヨミを殺そうだなんて言語道断、万死に値ね」


 チュクヨミの隣に降りてきた女が、わたしを見て口元を緩める。


「アマテラチュ、違う、ミライたちは悪くない。悪いのは……」

「あらいけない子。洗脳されたのね、かわいそうなツクヨミ。いま楽にしてあげるわ、はい、どーん」

「はにゃっ」


 何をしたんだ、この女? チュクヨミの額を指でついただけなのに、チュクヨミが意識を失ってしまった。何なのよ、コイツ!

 わたしはハンマーを召喚した。けれど、


「貴女にはもう、ソレを振るう力はないわよ? そろそろ自分の置かれた絶望的状況を飲み込みなさいな」

「がぁっ、ぁっ」

「あら〜、人間って柔らかいのね〜。少し掻き混ぜてみようかしら?」


 お腹、おなか、痛いっ


「見ーつけた」


 わたしのお腹から、取り出された。わたしのデバイス……ストロベリー、駄目……


「サヨナラ、虫けら」

「なのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなのじゃなっ——」


 ケテケテケテ、そんな不愉快な甲高い笑い声が、鈍く生めかしい酷音が脳裏に焼きつく。わたしの変身は解除され、痛みが、激痛がわたしを支配していく。比べ物にならないほどに。いたい。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ、いだいいだっ、い……いたいいたい! い」


 なんで、わたしがこんな目に?

 わたしは何も悪くない、わたしはただ、普通になりたかっただけなのに、それってそんなに我儘なこと? いけないこと?


 教えてよ、ストロベリー、わたしは何?




「……はぁっ、はぁっ、はぁ、こんな人生……」




 超、クソ喰らえってんだ……




「あら? 死んだのかしら?」

「人間なんぞ、その程度さぁ」

「ついでにあそこで転がってるのも殺しておきましょうか。これで残るは二匹」




 死にたくないよ……ママ……



 たすけて、…………t—————

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