待雪草は読めない



 校門をくぐり抜け、結果報告のために椎名の店にでも思っていると、何やら坂の下の方から争う声が聞こえてきた。


 小走りで坂を下りた先には、件の今宮率いる取り巻きらと待雪の姿。圧倒的なおぞましさを掲げる待雪だったが、今日は様子がおかしく、今宮らに取り囲まれていた。

 まだ僕の存在には気付いていないようで、こちらに視線は向かない。少し様子を窺ってみることにした。



「――あんた、しつこいんだよっ! いい加減どっか行けって!!」



 痺れを切らした様子の今宮が待雪の手を振り払う。

 どうして待雪が今宮なんかと……? 今の情報量ではなんとも言えない。



「そうだぞ、今宮さんにつきまとってんじゃねーぞ、坊主」 



 と、今宮に追随するように取り巻きが待雪の胸倉を掴む。だがやはり、待雪は薄笑いを浮かべているばかりで抵抗すらしない。



「ニヤニヤすんなよ、気持ち悪い……お前、今宮に因縁つけてきて、一体何がしたいんだよ」



 動機の見えない行動は恐怖を生み、優勢であるはずの彼らの声音が震えていた。劣勢だろうと、死神は健在か。



「何って……初めから言ってるじゃあ、ありませんか。俺の、友達、明日葉水琴を自殺に追い詰めたのは、おねえさんなんでしょって」


「こいつ……まだ、懲りないみたいだな。おい、押さえてろ」


「いいぜ」


「ちょ、ちょっと、こんなことで……」



 今宮が周囲の目を気にして、止めようとするも、取り巻きは臨戦モードに入ってしまったようだった。仲間内で連携を取ると、待雪を拘束し、その上で彼の腹に一蹴り、二蹴りと一方的な暴力を振るっていく。その度に、待雪は呻き声を上げたが、それに耐えるばかりだった。


 あいつ、どうして何もやり返さないんだ!


 ボロ雑巾のように壊されていく待雪を見ていると、自然とそう思ってしまった。先日はあれほど畏怖し、怯えた存在なのに、あんな奴らにやられているのを見たくはなかったみたいだ。



 袋叩きにされるのも目に見えていたのに、無我夢中で駆けだしていた。


 だけど、面と向かって吠える勇気はない。だから、僕は固く目を瞑って、待雪の前に立ち、両手を大きく広げた。



「待雪を……それ以上傷付けるな!!!」


「あ? なんだよお前……藤原野か、邪魔すんなよ。失せろ、犯罪者が」



 そう脅され、罵られても、僕は退かず、一色触発のムードが続く。

それを打ち破ったのは、待雪の溜息だった。



「……………………で、満足した? おにいさんら」


「……え??」



 彼らは狼狽えた。あれだけの暴力を受けて、平気な顔をしているのが――いや、命を刈り取る死神の顔をして、不敵に笑う待雪が恐ろしかったのだろう。



「俺はさー、今宮って人に話があるって言いましたよねー? あれ、耳腐ってるのかな。おにいさんら、耳鼻科行った方がいいですよー。あ、でもぉ、こーんなわっかりやっすぅい罠にかかっちゃう辺り、脳外科にも行くべきなのかなぁ~」


「は? てめ、調子こいてっと……」



 待雪に手を出そうとする男たちの前に、彼は何かを取り出して見せた。



「これ、分かります? 超小型カメラ。今までの言動、ばぁっちり、撮らせてもらいましたよ、おにいさんがたっ♪」



 取り巻きは顔色を失っていく。待雪の計画的犯行に、これからの学生生活に、怖じ気だったのだろうな。彼の行動一つで人生が決まってしまうのだから。



「で、でもよ……それに映ってんだったら、それを壊せば終わりだよな――」



 死なば諸共とでも思ったのだろうが、その思考は浅い。待雪は既に先手を打っていた。


 ピピピピピピピピピピピピッ



「助けてください!!! 俺、恐喝されてるんです!! 誰か、誰かあああああ!!!!」



 うちの学校は住宅地に囲まれている。防犯ブザーと悲鳴も合わされば、加害者への追い打ちにはなるはずだ。



「やべーぞ、逃げろ!」


「ちょ、ちょっと……!!」



 逃げ遅れた今宮を待雪は取り逃さなかった。



「おねえさんはまだ、行っちゃあいけませんよー。確認がまだですから」


「放してっ、放してってば!!!」



 騒ぎ立てただけに、誰かが来ることだってあり得るだろう。それなのに、待雪は沈着且つ笑顔で彼女に問い掛ける。



「……俺のこと、覚えてますよね?」


「し、知らないわよ、あんたなんか……」



 否定するものの、今宮の視線は泳ぎ、語尾も萎んでいく。嘘を吐いているのは明らかだが。



「ふーん。この後に及んで惚けますかー。俺はしっかり覚えてますけどねー、おねえさんが俺に〝明日葉水琴〟と〝藤原野朝〟を殺っちゃって、と依頼してきたことも。録音もありますけど、聞きます?」



 今宮は待雪の拘束を振り払い、脱兎すると、パンツが見えるのもお構いなしに走り去っていった。というか今、さりげなく物騒なことを聞かされた気がするのだが……。



「朝さんっ! やっぱりおにいさんは俺の尊敬する人ですよ」



 待雪はそう言うと、僕の手を握り締め、その中に何かを押し込んできた。



「……これ」



 ボールペンに見えるが。



「さっきの映像です。朝さんの好きにしちゃってください。俺のは予備で持ってるので~」


「ありがたくもらっておくよ……でさ、さっきの何が狙いだったの?」



 待雪は「さすがにバレちゃいましたか~」と頭を掻くと、



「……さっきの今宮って女子生徒は、やがみんを追い詰めた犯人じゃあありませんよ」



 と爆弾を投下した。



「なんだって!? どうしてそれが……」


「まあ、洞察した結果ですかね~。あのおねえさん、やがみんに対してそれほど大きな憎悪を持っているわけでもなく、愛情を持っているわけでもない。もちろん、弱みを握っている様子もない。つまり、あのおねえさんにやがみんを追い詰めることはできないんですよ」



 待雪はさして驚くこともなく、流量に語った。予測していたのだろう、この答えを。



「それなら誰が犯人か知っているの?」


「まあ、一応は。朝さんのヒーローっぷりには胸を打たれましたし、名前くらいはお教えしましょう」



 名前くらいは、ということはおおよその動機も察しているというわけか。探偵顔負けの情報収集力と推理力だ。



「ああ、お願いだ」


「それは…………朝さんのクラスのー〝黒川鶲〟ですよ。さらにさらに、出血大サービスでヒントもあげちゃいまーす♪ なんとなんと、その黒川って地味ンズは~さっきのおねえさんの片恋相手、らしいですよ~」



 明日葉を自殺に追いやったのが黒川で、今宮が黒川を好き? つまり、黒川の言うことに従っていたってこともあるのか。でも、待雪は明日葉の自殺を幇助した奴。

 僕はそっと、待雪を見下ろした。



「信用できかねる、って顔してますねー。安心してくださいおにいさん、俺は嘘なんか吐いてませんよ。俺だって、いじめっ子が憎いんですから」


「え、それはどういう……」


「いっけな~い。余計な私情を挟んでしまいましたね、忘れてください。それじゃあ!」


「待って!!」



 伸ばした僕の手もすり抜けて、待雪は去って行った。


 待雪の漏らした最後の一言から、彼の本当の心が垣間見えたような気がしたのに。



 ふと、待雪から手渡されたボールペン型盗聴器に違和感を覚え、上部を開けてみると、中には筒状の紙が押し込まれている。取り出して開いてみると、そこには、見覚えのない携帯番号が記されていた。



 自分の中での待雪への感情がないまぜで、どうしようか分からなくなったそのとき、スマホが着信した。相手は……椎名だった。


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