世界のためにクズとして去ね

碧瀬空

今日生主義


 いつも見る明け方、空の光。目映くて、大嫌いだった。



「だけど、それとも今日でお別れだ」



 こんな僕とも。こんな世界とも。雑居ビルの屋上から見下ろす街はちっともちっぽけじゃなくて、怖くなった。

 ――死ぬのが? 


 いいや違う。死ねないかもしれないことだよ。現実という名の悪夢から確実に逃げ出したくて死のうとしているのに、死ねないなんて地獄だから。


 僕は錆びた柵に手と足をかけた。それを越してみると、一足分の幅が僕に死の恐怖という猛威を振るった。

 ――いいや、僕は死ぬんだ。


 こんなところで竦んでいちゃ、何も変わらない。ビル風で揺れる身体を誤魔化すように、僕は固く目を瞑る……。



「明日の為に死ぬのかい?」



 さっきまで誰もいなかったはずの僕のスペースに誰かが立ち入った。それも、耳に吐息が触れるような距離まで。

 振り返られる、はずなかったのに。

 成人した女性の声。男性と聞き間違うことはない声のトーンであるのに、深くて、

 僕の心を死以上の恐怖で蝕んでいく。



「ぼ、僕は……」



 膝が笑って、今にも落ちてしまいそうだった。



「どうして死にたいぐらい苦痛に悩まされている人間が明日のことを気にするんだ?」



 その人は事もなげに、さながら夕食の献立を尋ねるようにそう言った。



「そ、そんなの当たり前じゃないですか! 僕らはずっと続く毎日を生きてかなきゃいけないんですから」


「死ぬのなら明日なんてありはしないだろうに」



 その人はなんでもないことのようにしれっと言ってのけた。まるで自殺志願者を相手にしているとは思えない素振りだった。



「い、言われてみればそうですけど……」


「それに、あんたが死にたくなるほど追い詰めた奴に報復したいとは思わないのか?

 奴らは人殺し行為を働いておきながら、直接的に手は下していない、精神的に殺しただけでは犯罪にはならないと脱法行為で人を殺して、これからものうのうと生きていく」


「そんなの、仕方がないじゃないですか……もう正しさも公正さも味方してはくれないんです。どうしようもないんです、ほっといてください!」



 言葉の続きを聞くのが怖くて、僕は足を滑らせる。


 あぁ、これで終わりなんだと思えたのにそれは間違いで。



「――なら、どうにかできるなら、あんたは死にたいって思わなくなるんだな?」



 その人は僕の身体を引き上げて、正面に立たせると、一束の三つ編みが零れ落ちた。



「私は自殺のススメ。脱法行為で人を死に追いやるような真似を働く人間の屑を排斥することを生業としている。私にその命、預けてくれるなら、あんたの手助けをしてやろう」



 手を差し伸べてきた。悪魔みたいな微笑みを、斜上から僕に向けて。

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