序章【僕の日課】
夢うつつ
朝日が嫌いだ。
僕を穿って、贖罪を要求するように見下す高慢なその目が嫌でしょうがない。
「この、人殺し、ひとごろし、ヒトゴロシ…………」
光のない瞳が僕を見据えて、凶器的な眼差しが僕を射殺しそうだ。
――この少年は誰だ?
誰か分からないのに、その言葉一つ一つに心を揺さぶられる。
「っうるっさい!! お前に何が分かるんだよ!!!」
いつからだろう。この夢みたいな幻を見るようになったのは。
「お前はボクを捨てておいて、自分だけが苦しんでるみたいな顔して生きてる」
淡々と吐き捨てられる言葉のナイフは的確に急所を心得ているから、
僕の心は簡単にぐちゃぐちゃに引っかき回されていく。
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……お前なんか消えちゃえばいいんだ。
そうだ、お前なんかいらない」
「とっくにボクはいないよ」
「嘘吐くな!!」
影の薄い彼はぼぅっとした顔を上げて、微かに笑う。
「ほら、ボクの足下をよく見てよ」
言われるがまま彼の足下を見下ろすと、そこには馴染み深い風景が広がっていた。
薄情な人たちの住む家、ビル、マンション。そして、彼の足はどこにもなかった。
「そう、ここは君がボクを捨てたことへの贖罪の為の場所。毎日、通ってるよね?」
見透かすような薄笑いとその足下に見える遠く離れた地面。
ここは日の出を見るという日課に使っている雑居ビルの屋上だ。
――これは本当に夢なのか?
「……お前は誰だ? 何の為に僕の前に現れるんだよ、捨てたなら現れないでくれよ」
そう突っかかる僕に、亡霊のように宙に揺蕩う彼は微苦笑を浮かべて、困ったように眉を寄せた。
「そんなこと言われてもなあ。ボクは君が望まない限り存在すらできないんだから。だけどまあ、前の飼い主に一つ助言をあげるとするなら……捨てる神在れば拾う神在りってね」
口元に指を押し当ててそう囁くと、彼は靄のように薄れていき、存在が希薄になる。
「ま、待って! まだ聞きたいことが――」
伸ばした手が実体を掴むことはなく空気をすり抜けて、僕の身体は錆びた柵にもたれ掛かる。建てられてから舗装されていないだろうその柵は、僕の体重ごときでギィィと軋み、前へ前へと押し倒れていく。
「え、嘘……」
あまりに一瞬のことで、身体が思うように反応しない。恐怖すらも感じない。
あぁそうかこれは夢か。だから時間の流れる速度もこんなにゆっくりで……、
「逝かないで!!」
刺さるように突然聞こえた叫び声がした直後、僕は屋上へと引き寄せられ、九死に一生を得た。僕を助けてくれた人にお礼を言おうと顔を向けると、眼前にこの世の人とは思えない美少女がいた。
月の光に照らされて見える彼女の髪は淡く水色に透ける白で、その下に浮かぶ瞳の色は血に飢える吸血鬼のごとき真紅に揺らめく。
こんなことが僕の人生にあるはずがない。死を引き留めてもらえるような生き方をした覚えはない。だからきっとこれは夢だ。
そう考えた僕はすぐに彼女を抱き締めた。一瞬でも僕がいなくなることを拒んでくれたこの子を失いたくなかったから。どこへも行かないように、強く強く抱き締めた。
それなのに彼女は一言も文句すら言わず、押し黙って僕の頭を撫でてくれていた。
ほっそりとした白い指が髪を梳くのが心地好くて、気の済むまで続けた。
ようやく離す勇気が持てた頃に僕は言った。
「これが夢じゃないなら、また会いたい」
「それなら深夜二時にここで待っていて……それから、私は夜行少女の
彼女はそう寂しげに笑ったのだ。
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