エピローグ:とても普通にはなれやしないけれど

後日譚


 学校で飛び降り騒動を起こした僕は、体裁上停学になった。でもこれは、どちらかと言えば罰ではなく、学校側からの配慮だった。事実上ではただ入院しているだけだが。


 というのも、いじめを露呈させた原因とは言え、「今まで真面目に過ごしてきた生徒による学校側の怠慢への憤りだ」「停学はやりすぎだ」と担任の久保田が直談判してくれたらしい。そのときに、あのときの胡散臭い中年の方の刑事がいたとかいなかったとか。



 最後まで憎ませてくれないところが、却って腹立たしい限りだ。

 休学にしなかったのは、



「藤原野は真面目で優秀な生徒だったからな、出席点は二学期までの分で足りるし、学年末テストは受ければ進級はできる程度だ」



 だそうで。


 椎名や明日葉、棗さんに弓槻さんに花さん。それからたまに待雪が面会に来ては、世話を焼いてくれた。待雪に関しては、「絶対姉さんとバッティングしたくないから、面会は事前制にしておいてくださいね!」と念を押された。訳を知っているだけに、軽々しく「会ってみれば」とも言えないものだ。



 紆余曲折の末、僕は二月末頃に退院した。


 絶縁する条件として、両親は入院費の負担と学費の援助を申し出てきた。

 もう他人になる人から金なんて受け取りたくないとか、綺麗事は言っていられないし、金は金だと思って、有り難く頂戴しておく。


 今さらどうやって、ない愛情を注げばいいか分からない二人なりの思いやりなのだろう。好きではなくとも、愛せやしなくとも、血の繋がりは感じているのかもしれない。



 ともかくも、早々に絶縁したかった僕は退院したその足で手続きを済ませ、待雪の家へと転がり込んだ。


 そうして、三学期というか、高校二年を終えるまでは待雪の家に居候させてもらった。



 春休みに突入した僕は弓槻さんの住まう椎名実家に押しかけ、


「この家の息子にしてください!」


 と頼み込み、果てには土下座を繰り出した。



 突拍子もない上に、迷惑甚だしい申し出にも関わらず、僕の真剣さを感じ取った弓槻さんは訳を聞いてくれたのだ。


 僕は、椎名家で起きた真相を知っているという旨をざっくり後述し、またこう答えた。



「早月さんの弟になって、彼女の心の穴を埋めたいからです」



 両親の戸籍から分籍し、今は知人の家に居候中の仮住まいだということも伝えると、「そんなのは脅し同然じゃないか」と苦笑されたが、彼の顔の凝りはいくらか解れたように見えた。


 そのことを弓槻さん伝いに知った椎名は、店のショットグラスを割ってしまうぐらい動揺していたのだと言う。その後、彼女から電話がかかってきて、叱り飛ばされたのは言うまでもない。

 ちなみに、夜子の正体を確かめるために椎名の胸を揉んでしまったことは話していない。墓場まで持っていこうと思う。



 弓槻さんに頼んで、念願だったバイトも始めた。


 職場は明日葉の働く「angelus」。もちろん僕はホールスタッフではないし、女装したりもしない。ああいうのは似合う子がやるべきことだ。


 明日葉は明日葉で、春休みに入ってから花さんとちょくちょく会うようになっていた。花さんのストレスや精神病の症状を緩和して、親子関係を修復できたら、もう一度一緒に暮らすのだという。


 辛夷は彼の変わりように驚きを禁じ得なかったらしいが、それでも、「俺はお前がどんな格好してようと、お前の友達だ」と言ったという。なんと男らしく、気持ちいいのだろうか。


 ついでに黒川はと言うと、公的措置という名の罰金が課せられることになったらしい。しかもその額、(詳細は知らないが)数百万円にも及ぶという。なんでも、児童ポルノ所持のみならず、製造(というか、撮影してそれを動画としてまとめていたこと)も罪に問われ、こうした形に落ち着いたのだとか。



 そんなこんなですっかり落ちぶれてしまった黒川を、両親は見放した。というのも、未成年で返済能力の無い黒川の代わりに、多額の負債を負わされたためである。それでもなお、唯一、彼の傍に居続ける人物がいる。今宮だ。



「ほんっと、キモいんだから」



 そう言いながらも、せっせと黒川の世話を焼き、ケツを叩き、しっかり躾けているらしい。



 その報せを聞いた僕は、後始末が一番大事なのかもしれないと思うのであった。


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