冤罪、なのか
人の口に戸は立てられぬとはよく言うが、それは真理だ。正しい。
そう断言するのは、現に、僕の周りでその現象が起こっているからだ。
警察から事情聴取を受けてからちょうど一週間。予測こそしていたものの、手の付けられない事態へと発展してしまっていた。
「はぁぁ……厄介なことになったな」
簡単な話、警察に楯突いたせいで僕の疑惑度は悪化したらしい。当然の報いと言えば、当然の報いだろう。ただ、実際問題、僕は彼の自殺に関与はしていない。しているなら、こうして教室の真ん中で椅子に腰を下ろしていることなんてできていない。
とは言え、一友人(というか僕にとっては唯一無二の友人)の痛みに気付けなかったことに関しては責められてもしょうがない。疑うなら、好きなだけ疑ってくれ、と思っていた。
――が、事態はそれだけに収まらなかったのが最大の問題点だ。
日頃はあれだけ「守秘義務」を謳っている警察との会話が、どこからか漏れてしまっていたらしい。お陰様で僕は警察からだけでなく、クラスメートからも疑惑の眼差しを向けられるようになった始末である……いや、そんな表現では生温い。
僕は〝明日葉水琴を自殺に追い込んだ犯人〟という認識が出来上がってしまっている。それは抗いようのない、クラス中の〝既知の事実〟であり、おまけに人殺しの犯罪者という烙印付きだ。
どうやってそんな話が生まれたのかは知らないが、クラス中が僕を敵(標的)として認知していることだけは確かだった。
警察との話が漏れているというのも、クラスメートが歓談しているのを盗み聞いて知ったのだ。まあ、会話内容から悟ったという方が正しいか。
まあどちらにせよ最悪の状況に変わりないと思うが、一つ喜ぶべき点があるとするなら、まだクラス内で情報が留まっている点だ。これが学年中に広まろうものなら、僕は学校にすらいられなくなる。
それが真実であろうとなかろうと、世間は疑わしきを排除してしまうものだから。
何せ、今ちょうどぶつかられたときに散らばった荷物を片付け終えたところだ。どんな証拠よりもこの現状がそれを物語っている。
教室の自分の席で教科書を机に入れようとしていたところ、どんっと思い切り身体をぶつけられた。
僕は静止していたし、相手は正面からだった。つまり故意だ。
「うっわ、犯罪者に触っちゃった~」
明らかな嫌味と取れる台詞を吐き捨てながら、クラスメートは自分の群れへと戻っていった。
謝る気もなければ、悪いとなんてさらさら思っていない。
一種の遊び。気に食わない相手を排除するための行為。
彼らにとってはその程度の認識でしかないのだろう。
いじめられたことのない人間は、一生いじめられる人間の気持ちなんて分かれないのだ。いじめがどんなに理不尽で、お子ちゃまな戯れでしかないことも理解できない、
――そんなわけあるか。
高校生にもなって、そんなことも判断できないわけがない。彼らは自覚している。そのくせ、指摘されたら馬鹿ぶって、「分かりませんでした」とふざけた供述をするのだ。
ただ、痛みを理解できないのは、本当にそうなのだろうと思う。そうでなければ、いじめの辛さに耐えかねて、自殺を選ばせるまで追い詰めるようなことはしないだろう。
いじめっ子が人間である限り。
そうこうしているうちに、一限目の古典の授業が始まった。
さすがにクラスメートも授業中は何もしてこないだろうと思ったら、そう甘くなかった。プリントは僕を避けて配るし、先生に追加を頼むと僕の席に置くなどの嫌がらせにまで及んだ。
その後の体育の授業では二人組を作る際に、ぴったり偶数なのに、僕をハブにするためにわざわざ三人組みまで作ったり。
あまりに露骨すぎて、先生から「お前、何かしたのか?」と聞かれる羽目にまでなった。
昼休憩になると、僕の席は勝手に占拠されていて、僕の席だから退いてほしいの頼んでも、聞こえない振りで雑談を続ける。
仕方ないから別の席を使おうとすると、
「犯罪者が人様の席、勝手に使おうとしてんじゃねーよっ」
と暴言を吐いてくる。それでどうしようもなくなって、こそこそと教室を後にしようものなら後方で、ざまぁみろーという煽り文句と蝉の鳴くような嘲笑が木霊するのだった。
学食で弁当を食べるのも忍びないし、惨めな気持ちになる。だからと言って、汚物の臭いが拭いきれない便所で食べるのは勘弁だった僕は、非常階段を選んだ。
ここなら人通りも皆無に等しく、誰の目も気にせず昼食を摂ることができる。
……それに正直なところ、どんな強がりを言ったところで集団いじめには耐えかねていた。これがもし、一対一だったなら形勢はかなり変わっていたはずだ。いくらひよっちい僕とは言え、一対一のいじめなら公共の場で訴えたり、先生に告げ口して相手に「衆人監視」の概念を植え付けるなどいくらでもできたことだろう。
しかし、クラス単位ともなると、話は別だ。まさか、クラス単位でいじめをしているとはそう簡単に信じられないし、物事の信憑性も簡単に覆せてしまう。
なんて、理不尽なんだか。
「あー、つら」
そっと一言ぼやいてみると、今まで溜め込んできたものが形となってどっと溢れ出した。たかが、一週間程度のいじめ(嫌がらせかもしれない程度)でこんなにも心は弱ってしまうなんて。
「明日葉は……たった一人で何ヶ月も戦ってたんだよなぁ」
そう、僕が気付いたときにはもう何ヶ月も経過していた。時既に遅しで、部外者だった僕には手の施しようがなかったのだ。
いじめの辛さは数か期間か、一体何で推し量れるのか。
食欲はなかったが、少しでも残そうものなら母親に叱責されてしまうため、なんとかして無理やり胃に詰め込むと、胸の辺りが気持ち悪くなった。
「はぁぁ……僕、何やってんのかな」
我が身可愛さに友達も守らず、その我が身すら守れずで。得意なことも、好きなことも、好きなものも、生き甲斐も何も思い当たらない。
僕は一体何のために学校へ通っているのだろう。ふと、考えてはいけないことが頭に浮かんだ。
「ら~ららー♪ ら~らーら~らー♪♪」
それは朝露のように淡かったけれど、雨上がりの虹を想像させるように晴れやかな鼻歌だった。
童謡チックなメロディーで単調だけれど、時折揺れる切なそうな声が僕を惹き付けて離さない。歌詞はうろ覚えのようで、大体が「ら」で補われていたが、関係なかった。
あぁ、この人は歌が好きなんだ、と。そう感じる度に心が満たされていった。
そして、曲が終える頃、僕の胸の中を満たしていたどす黒い何かはすっかり浄化されていた。これが歌で感動するということなのだろうと察した僕は、この曲の歌い手に感謝を告げようと思った。
しかし、誰かに聴かせるつもりで歌っていたわけではないのに、直接をお礼を言うのは不躾かもしれない。それに、顔だって知られたくないだろうと、相手の事情を慮った結果、手書きのメモを残すことにした。
【優しい声に癒されました。素敵な歌をありがとう】
名前は書かないでおく。きっとその方が歌い手も素直に喜べるだろう。
名前も顔も知らない誰かの歌声で、励まされた僕は教室に戻っても、ある程度は心を強く持つことができていた。しかしそれも、魔法のように僅かな間で、帰りのHRが終わる頃には僕の精神はすっかり食い潰されてしまった。
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