「LINE、やってる?」
夜行少女こと、夜子の謎を解明した僕らは、あの雑居ビルへと引き返していた。午前三時半を回った頃だというのに、空はまだ深い闇に閉ざされている。
雑居ビルの真下までやってくると、椎名は足を止め、くるりとこちらに顔を向けた。
「家が分からないから、ここまで戻ってきたが……お前ら、送っていかなくても平気か?」
「なんで、〝ら〟なんですか!? 僕は男ですよ、女性に送ってもらう必要はありません!」
「お前はまだ子どもだろう。心配されるのは当たり前だ」
「そういう椎名さんだって、女でしょう!? 年頃の女性が深夜徘徊する方がよっぽど危ないですよ!」
威勢のいい啖呵を切ったはいいものの、椎名からどんな反論が飛んでくるのかと心中怯えていたが、その心配はいらなかったようだ。
彼女は頬を赤らめながらも、うんうん唸って渋面を浮かべている。女扱いされたことを喜んでいいのやら、言いくるめられたことにムカついていいのやら、といった風だ。
一種の膠着状態に陥り、どうしたものかと首をもたげていると、「あ、あの……」と夜子から声が上がった。
「わたし、今日お二人と話ができたことをとても喜ばしく思っています。こんな時間にわざわざ会いに来てくれて、抱えていた悩みまで解決してもらってしまって……お礼がしたいので、家に来ていただけないでしょうか?」
「「もちろん」だ」
思ってもない申し出に僕らは飛びついた。
「じゃあ、ついてきてもらえますか? 家までご案内しますので」
心なしか、彼女の声はいつもより高くて、口元もふわふわと綻んでいる。よほど、今日のことに感激したのだろうと見える。
さあ、と先頭に立って、彼女は歩き出した。こんな風に、後ろから歩き姿を見るのは初めてだし、隣を歩いたこともないけれど、ルンルンと刻まれるステップは、例を見ないほど幸せそうだった。
「どれくらいかかるんだ?」
「そうですね、この歩調だと十二、三分ってところなはずです」
先を急かすように思われる椎名の嫌な質問にも、彼女はにこやかに受け答えた。椎名が悪魔なら、夜子は天使だな。とかなんとか、バレたら切れられそうなことを考えていると、椎名が意外なことを口にした。
「そうか、だったら少し話をさせてもらっても構わないか? 二、三聞いてみたいことがあるものでな」
さきほどの質問はそのためか。誤解しておいて、蔑称まで付けるなんて……。
椎名の真意を知った僕は、自分の浅慮さを悔いた。
「ええ、大丈夫ですよ。なんでしょうか?」
「お前さんが、いつから夜行少女になったものだろうかと、そう――」
椎名は言葉を詰まらせる。それもそのはず、自分の前を歩いていたはずの夜子が、糸でも切れたかのように、ぷつんと倒れてきたのだから。
「夜神夜子……!?」」
呆気に取られる椎名を押しのけ、僕は彼女の身体を抱き留めた。
ん? なんだろう、この違和感……。
僕よりも一回り小さそうに見える彼女だったが、想像よりも骨張っていた。そのせいもあってか、腕にかかる重みは自分の体重よりも重く感じる。だが、重さはそのせいだけではないだろう。
「やっぱり、気を失ってる」
「本当か!?」
ようやく本調子に戻った椎名と共に、彼女が目覚めるのを待ったが、十分経っても、三十分経っても、一向に起きる気配はなかった。
そうしているうちにも、空はだんだんと白み始め、朝の装いへと様変わりしていく。夜明けはもう近い。
「朝少年、今日は俺に任せて家に帰りなさい」
子ども扱いするなと文句を言おうとしたものの、弟を見る優しい眼をしていた椎名に言い返せるわけもなく、大人しく従うことにした。
「……分かりました。けど、その代わりに夜子が起きたら、ちゃんと連絡くださいね」
「ああ、了解した。……そうだ、連絡するなら連絡先を交換しておかないとだな。お前、LINKはやってるか?」
「ぶふっ…………や、やってますよ。ほら、これでQRコードを読み込んでください」
椎名はしきりに、何がおかしいのかと膨れたけれど、それは少し前に流行ったナンパ台詞。ただでさえ男っぽい喋り方で、見た目も中性的な彼女が言うと、吹き出すのは必至だった。
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