報告と推察



 雪がちらつき始めて、屋外では手も悴む中、僕は電話に出た。



「――はい、もしもし。朝です」


「い、今いいか? ちょっと話があってな……」



 電話越しの椎名はひどく動揺していた。それがなんとなく、おかしくて、僕は微笑する。



「ふふっ、いいですよ。今ちょうど、椎名さんに電話しようと思っていたところなんです」


「そ、そうか。それなら、用があったんだろう。なんだ?」



 あなただってそうでしょうにと思ったが、素直に感謝して、



「ちょっと、報告したいことが色々あって……店に会いに行ってもいいですか?」 


「あぁ、構わない。すぐ来るか?」



 二十分くらいで着きそうだと伝えると、彼女は待ってるとだけ告げて、電話を切った。  



 まだ午後三時半すぎだというのに、空は薄暗く、太陽の存在があまり感じられない。



 椎名があの話を聞いてどう感じるのかは分からないが、一度関わらせた以上、話さないわけにはいかないだろう。


 駆け足で店へ向かい、到着したのは午後四時頃だった。

 店の戸を引くと、椎名が顔を覗かせる。



「待ってたぞ」



 彼女の手元にはホイップを浮かべたココアの入ったマグカップが二つ並んでいた。訪問客に対しての気配りがいちいち細かい人だ。



「すみません、お待たせして。早速ですが、用件について話してもいいですか?」



 僕は迷うことなくカウンターに腰掛け、椎名も隣に腰を下ろした。



「もちろんだ。そのつもりでここに来たのだろう?」



 彼女はそっけなく、顔を背けてしまう。形式的には切り替えても、気持ちの整理がつかないのだろう。それでも会ってくれただけマシだ。



「おっしゃる通りです。じゃあ、本題に入らせてもらいますけど……椎名さんにハグした翌日、僕、夜子に会ったんですよ。あることを確認したくて」


「ではもしかして、俺の身体をまさぐったのもそれが理由で……?」



 勘のいい椎名は真相に辿り着き、わなわなと震えていた。



「お察しの通りですね。では、そのあることとは何か? それを今からお話しします。その、椎名さんを抱き締めた日、夜子が倒れたでしょう? あのとき、僕が夜子を抱き留めたのは覚えていますか?」


「ああ、気が動転して動けなかった俺に代わって、支えてくれていたな。それが?」



 椎名でもこれだけでは勘付けないらしい。それが当然なくらい、疑いの余地はなかった。



「……夜子は、女ではなかったんです。彼は男でした。しかも、あの容姿も服装以外はありのままだと言うんです」


「なんだと!?」



 彼女は動転するあまり、カウンターに手を叩き付ける。静かな店内に打撃音が木霊した。



「驚くのは当然のことだと思います。でも、まだ終わりじゃないんですよ……夜子は、僕のクラスメートの〝明日葉水琴〟だったんです」


「何っっ!!? それは、それは真なのか?」



 椎名は目の色を変え、何かに取り憑かれでもしたかのように僕の肩を強く揺さぶった。



「え、ええ。確証はないですが……でも待雪、フード少年がそう言っていたんです。動揺するのは分かりますが、話は最後まで聞いてください。それに、夜子は夜行少女になったのは死神、つまりフード少年に頼んだからだとも。今日はその情報を下に、明日葉を死に追いやった原因について調べていました。彼をいじめていた人物は浮上しましたが、それも白だそうです」


「誰がそう判断した? だそう、とはお前の判断ではないだろう」



 椎名は僕を責めるように見つめる。忠告はしただろう、とでも言わんばかりに。



「……フード少年です。ちょうど現場に居合わせて、そのとき真犯人として彼の口から別の人物の名前が挙がりました」


「……それで、その人物とは?」



 彼女は眉間に深く皺を刻み込みながらも、話の続きを促した。彼のことは天敵と思っていても、情報の正確さにおいては信用できるということだろうか。



「僕や明日葉と同じクラスの黒川鶲という生徒です。あまり目立ちませんが、勉強ができる優等生だと思います。ただ、彼をいじめていた人物、今宮の片恋相手でもあるそうです」


「他には? 動機やどうやって彼を追い詰めたかの詳細については、聞かされてないのか?」


「残念ながら……それだけしか教えてもらえませんでした」



 結局、確証がなければ黒川をどうにかすることはできない。助けられたように見えて、煮え湯を飲まされただけかもしれない。


 しかし、椎名は目を爛々とぎらつかせていた。信念に火が点いたようだ。



「……なら、これでお前の話は終わりだな。今すぐ行くぞ」


「え、行くってどこへ?」


「決まってるだろ、明日葉水琴が居候する八手家にだ」



 説明は後だ、ついてこい! と付け足すと、椎名は店の裏口に僕を連れて行き、そこに置いてあったバイクで雪の降り積もる街を滑走しだしたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る