夜神夜子の正体調査
辛夷の介入の甲斐あって、あれからクラスメートたちが何か仕掛けてくることはなかったが、未だに彼らの矛先は僕に向けられたままだ。
それでもやっとのことでHRも切り抜けると、ブレザーの右ポケットが小さく振動した。スマホの画面には、
【S.S:彼女が目を覚ました】
と表示されている。S.Sは椎名のLINKネームだ。連絡先を交換したときに確認したから間違いない。
すぐさま、図書室で勉強するという連絡を母に入れて、僕は椎名の店を目指して駆けだした。
店の戸を開けると、カウンターで毛布にくるまれながら、椎名と談話する夜子が視界に飛び込んだ。
「夜子! 良かった、無事で……」
彼女の元気な姿を目にした僕は、安堵で足の力が抜け落ち、床へ崩れ落ちた。
「あ、朝くん!? その、ご迷惑かけてすみません。今、早月さんから話を伺っていたところで……」
「体温も下がっていたから温かい飲み物で身体を温めつつ、状況を説明しておこうと思ってな。ちなみに、彼女から話があるそうだ。先に聞かせてくれと言ったが、朝くんが来てからだと聞かなくてな」
そう言って、椎名は肩を竦めてみせた。
「……お二人に、まだお話ししていないことがあるんです。わたし……夜しか生活できない、文字通り夜行少女なんですよ」
言葉の意味を理解することができない。夜しか生活できないって、吸血鬼か何かみたいだけれど。ところが、椎名は僕とは別の考えを持っていたらしく、むしろ納得したようだった。
「やはり、そういうことか。なあ、夜神夜子。お前さん、一種の睡眠障害に罹っているんだろう? 明け方に倒れたのも、それが原因ではないのか?」
「多分、そうだと思います。わたし、このような体質になってから、夜明け前に眠ってしまうんです。どれだけ我慢しようとしても、起きていられなくて……」
「となると、逆に日暮れ時くらいに目が覚めるのか?」
「はい……夜になると目が爛々してきて、頭も冴えてくるんです。化け物、みたいですよね」
夜子はひどく痛ましい表情を見せて、自分の左肩をそっと抱き寄せた。
「そんなことないよ! 夜子は普通の女の子だよ、自分のことをそんな風に言っちゃダメだ」
「そうだな、朝少年の言う通りだ。
睡眠時間を考えると、特発性過眠症やナルコレプシーが疑わしいが、完全に昼夜逆転してしまうというのは聞いたことがない。だが、いずれにしても、ストレスが強く関わっていることに違いはないだろう。心当たりはあるか?」
「えっとその……すみません! 無断外泊してしまったので、事情説明のためにも、今度こそ家に来ていただきたいです……」
彼女は申し訳なさそうにしゅんとして、お願いしますと僕らに頭を下げた。
「微力だけど、力になるよ!」
「俺にも責任の一端はあるからな。協力しよう……ところで、誰に説明をすればいいんだ?」
「わたしの……叔母です」
夜子の重苦しそうな表情に、詮索するのは憚られて、僕らは歩き出した。
彼女の叔母だという一軒家の表札には「八手」と記されている。苗字が違うということは、母親の血筋だろうか。そんなことはさておき、夜子はおずおずと玄関の戸を開ける。
「ただいま……」
中から血相を変えた婦人がでてくると、その人は彼女を抱き留めた。
「良かった、無事で……っ」
「叔母さん、無断で外泊しちゃってごめんなさい。途中で気を失っちゃって……」
実家ならいざ知れず、居候先で勝手な行動をすれば肩身は狭くなる。けれど、彼女の叔母らしき人物は感情任せに怒ることもなく、夜子の頭をそっと撫でていた。
「あなたが無事ならそれでいいのよ……それで、この方たちは?」
婦人がこちらに気付いたので、挨拶をしようと背筋を張った。
「最近、夜子さんと親しくさせてもらってる藤原野朝です。夜子さんを連れ回して、ごめんなさい!」
「彼女が倒れるとき一緒にいた椎名早月と申します。お嬢さんから家に招待されて、向かう途中に倒れてしまったので家も分からず、独断で様子を見させていただきました。勝手なことをしてしまい、申し訳ありません」
二人に頭を下げられた婦人は、いいのよと僕らに頭を上げさせる。椎名も内心では胸を撫で下ろしたことだろう。
「わたくしの方こそ、申し遅れましたわね。わたくし、八手棗といいますの……夜子の母親の妹です。今は訳あって、夜子を彼女の母親からお預かりしていますわ」
改めて口にされたそれは僕と椎名の好奇心を擽った。いや、好奇心というよりは知らなければという責任感だったかもしれない。
「あの……差し支えない範囲でいいんですけど、夜子さんが夜行性の体質になってしまったのはいつ頃かご存知ですか?」
「ええ。あれは確か、二、三ヶ月前だったかしら。朝食中に突然意識を失って、昏倒したかと思うと、そのまま夜になるまで起きませんでしたの」
彼女が言っていたネット友達とのトラブルもその期間にあったのだろう。でも、これだけでは核心に迫れていない気がする。
「その頃に、何か気になる言動はありませんでしたか?」
「……そうねえ。すご~く暗い顔色で帰ってきたり、夢でうなされてたり、ひどく思い悩んでいたようだけれど、聞いても話してはいただけませんでしたわ」
直後、夜子が「わたしのせいですよね、ごめんなさい」という言葉を皮切りに、僕らは居間へと通された。身体を温めるのもそうだろうが、夜子の緊張を解いて、和ませようとしたのだろう。
棗叔母さんの淹れてくれた生姜紅茶は、身体の芯から温まるような味がした。それから小一時間ほど、歓談を楽しんだ後、僕は夜子とも連絡先を交換しておいたのだった。
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