君ひとりじゃないよ



 春の小川を思わせる空はチカチカと日差しが眩しく、「今日はいいお日柄で……」と言うに相応しい好天だった。


 結局僕は、黒川が明日葉を死に追いやったという証拠を見つけられず仕舞いでいる。このままでは黒川は野放しのまま、明日葉に謝罪することもなく時が過ぎてしまう。それは絶対にダメだ。自らの過ちを認識させて、後悔させて、更正させる。


 そのために今宮を、墓地近くの公園まで呼び出した。年末とも言えるこんな日に。



「あと、五分……か」 



 約束の正午まであと僅か。まだ今宮の陰も見えない。だが、彼女は絶対来る。


 さらに待つこと五分。正午ちょうどに今宮はやってきた。



「一体何のつもり?」



 待雪への暴行の証拠映像&写真を元に脅したというにも関わらず、今宮は横柄な態度だった。虚勢か、ただの馬鹿なのかは分からないが、油断しないに越したことはない。



「何のつもりって、用件ならLINKに書いてあった通りだけど」



 明日葉水琴のいじめについて話がしたいと簡潔な文を送っておいた。 



「あたしに言ったって、意味ないんじゃないの?」



 黒川を炙り出すのが狙いだってバレてるのか。だが、それでも構わない。



「……意味ないってどういう意味かな? 明日葉をいじめるよう直接指図してたのは君だろ? 実際に暴行を加えたところを見たって生徒もいる」



 いじめの証拠もバッチリ押さえてあることを念押しされた上で、今宮は毅然とした態度を崩さない。言い逃れできる材料でも持っているのだろうか。



「あんただって知ってるでしょ。明日葉をいじめるように指示したのは別にいる。あたしはそれに従っただけ」


「じゃあ、今宮に指示したのは誰なんだ?」



 ここに来てようやく、今宮は澄ました表情を崩し、鼻で笑った。



「ふんっ。そんなの、あたしが教えるとでも思ってる? わざわざ、こんな真似するってことは証拠は掴めてないんだろうけど、多分、あんたの思い浮かべてる奴で間違

いないよ」


「認めるんだね」


「言ったって、何の証拠にもならないから。あたしが名前を挙げたわけでもないし」



 会話を盗聴していることにも気付かれているのだろう。前回の件で学習したようだ。



「……それもそうだね。じゃあ、質問を変えるけど、明日葉をいじめるのはもうやめてくれるかな?」



 黒川に思いを寄せている今宮ならば、証拠を握られていたとしても、恋を選ぶかもしれない。実際、いじめの証拠があったところで、未成年に下される罰なんてたかが知れているからだ。

 それを知った上で、直接交渉するのは愚かかもしれないけれど。



「あぁ……別に、いいよ」  



 今宮は事も無げに、頷くと髪の毛を弄びだす。彼女の返事に僕は少し、拍子抜けした。



「……どうして? 今宮は、明日葉と黒川のことを知ってるんじゃないの? 明日葉にムカついたから、いじめにも協力したんじゃなかったの?」



 相手を蹴落とすことで、自分が意中の相手と結ばれる。少なからず、そういった思考を持つ乙女はいるだろう。それなのに何故?


 今宮は睨みを利かせたが、それも一刹那のことで、すぐになんでもない風を装った。



「……ムカついてはいたけど、無駄だって分かったから」



 それは、



「明日葉をいじめても、黒川は今宮に振り向かなかったってこと?」



 途端に崩れ始める今宮の余裕。



「うっっさい!! あ、あんたなんかに何が分かるっていうのよ! あんたなんかにあたしの気持ちなんて、分かるわけ……」



 痛恨の一撃となったらしく、今宮は声涙俱に下した。初めは綺麗に描かれていた目の周りも、涙で滲み、無残なものになっている。



「男のあいつに負けて、見放されて…………汚れ役だけを押し付けられたあたしの気持ちなんてっ!!!」



 可哀想だとは思った。けど、とても同情する気にはなれない。



「……分かるわけないだろ。いじめとは名ばかりの犯罪行為に手を染めておきながら、自分のことしか考えてないエゴ女の気持ちなんて、知りたくもないね」


「は、犯罪……? 違っ、あたしはただ、クラスのみんなに明日葉をいじめるよう言っただけだもん……」



 この期に及んでの言い訳は、醜い以外の何物でもなかった。クラスで権力を振りかざす今宮も恋の前では無力というわけか。それにしたって、馬鹿にもほどがある。



「好きだから、好きな人のために何かしてあげたいって、そういうわけ?……そんなんだから、使われるだけ使われて、用済みになったらポイ捨てされるんだよ。惚れた相手をその気にさせたいなら、もっと自分に誇りを持って行動するんだね。

 ――今のままじゃ、君は明日葉の足下にも及ばないよ」



 ふらふらと地面に崩れ落ちる今宮を背に、僕はその場を後にした。


 いじめの実行犯を負かしたはずなのに、不思議と気持ちは晴れない。やはり、黒幕を成敗できていないからだろうか。


 それから、今宮が明日葉の女装を知っているかは五分五分だったが、別に構わない。口止めしておかなかったのも、訳がある。



 もう、明日葉一人に秘密は背負わせないよ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る