ツクモガミ!~美少女になった俺の定規と最強のコンビ目指して戦い抜く~

狼上こず

一章 ツクモとの邂逅編

1センチ目「可愛らしい侵入者」

「う~ん……」


 俺は寝ぼけ眼をこすりながら、目を覚ました。

 お腹の上にずしりとした感覚があって寝苦しいので、つい目が覚めてしまったのだ。


 重みの正体を確かめるため、おもむろに頭をもたげると、白い長髪の少女が掛け布団越しにのしかかるようにして眠っていた。


「なんだ、そういうことか……」


 袖机そでづくえの上に置いてある目覚まし時計を見ると、針は五時半を示していた。起きるにはまだ早すぎる。


 ベッドに潜り込み、俺は再び惰眠をむさぼることにした。せめてもう三十分ほどは眠っておきたいところだ。


 いや、待て。いま、俺は何を見た?見間違いでなければ、ありえない光景を目にしたはずだ。


 俺がもう一度頭をもたげると、そこにはやはり少女が眠っていた。


「夢、だよな?」


 ほっぺたをつねってみたが、とても痛い。夢ではないようだ。

 驚きにすっかり意識が覚醒してしまった俺は、思わず布団からはい出した。


「あっ、クウ……おはよう……」


 その少女は目を覚ますと、むにゃむにゃと口を動かしながら上体を起こした。


 透き通るような白のロングヘアーが、肩からさらさらと流れ落ちる。純白のノースリーブワンピースからすらりと伸びる腕は高級な芸術品のように華奢で、触れただけでも壊れてしまいそうだ。


 見た目から推察するに、まだ十四、五歳といったところだろうか。まだ少しあどけなさの残る小顔で、その少女はにこりと笑った。


 ここで、ちょっと待ってほしい。俺はいつこの子を部屋に連れ込んだ?


 まだ酒が飲める年齢ではないし、夢遊病を患った覚えもない。

 昨日の夜はいつも通り学校から帰ってきて、姉と夕食を食べ、風呂に入り、寝る支度を済ませ、ベッドに横になったはずだ。

 そのルーティンには、不純な異性交遊の入り込む隙間など微塵も存在しない。


 俺は頭を抱えながら、ベッドの端に腰かけた。


「あの、きみ、ちょっといいかな?」


「なぁに、クウ?」


 話しかけられた少女は、嬉しそうに俺の方を見つめている。

 俺の名前を知っていることも謎だが、まずは侵入経路について聞く必要がある。


 窓にはしっかり鍵がかかっているから、そこから入ったという可能性はないだろう。

 だとすると、玄関から堂々と侵入してきたということだろうか。いずれにしても、不法侵入であることに違いはない。


「きみ、どこから来たの?」


「クウとずっと一緒にいたよ!」


「ずっとって、いつから」


「ずーっと前から」


「もっと具体的に言ってくれないかな。何時ぐらいから?」


「うーん、分かんない」


「そうか、分かんないかぁ」


 その少女の喋り方は見かけによらず、危なっかしいと感じるくらいに幼かった。まるで、遊園地で迷子になった幼児と話しているような感覚だ。


 俺は質問を変えることにした。


「俺の名前、なんで知ってるの? どこかで会ったことあるかな?」


「ずっと一緒にいたから知ってるの」


「ずっと一緒に……?」


「うん!」


 少女はそう言うと、大きくうなずいた。

 俺は再び頭を抱えた。ダメだ、全くお話にならない。この少女からは、必要な情報を聞き出せる気が全くしなかった。


 かといって、このまま部屋にこもっていてもらちが明かない。

 とりあえず警察に連れていって、保護者を探してもらうしかなさそうだ。自分の犯行だと疑われるかもしれないが、この少女のためにはやむを得ない。


 そうと決まれば、早めに家を出た方がいいだろう。俺は立ち上がると、早速身支度を始めることにした。


「準備するから、ちょっと待ってて」


「うん! 分かった!」


 少女は大人しく俺の言いつけを守り、ベッドの上に座っている。こうして見ると、勝手に人様の家に上がり込む不良少女だとは到底思えなかった。


 俺は廊下に出ると、洗面所で顔を洗った。寝汗がきれいさっぱり洗い流されて、気持ちが良い。


 横の棚に置いてあるタオルで水気を拭き取ってから、俺は顔を上げる。

 すると鏡越しに見えたのは、にこやかな笑顔で俺の背後に立つ少女だった。


 泡を食った俺は慌てて振り返ると、思わず彼女の肩を掴んだ。


「おい、ついてくるなって! 部屋にいてって言ったでしょ!」


「でもわたし、クウと一緒がいい」


「家族に見つかったら大変なことになるの! 頼むから大人しくしてて! ね!」


「うん、そばで大人しくしてる」


 少女は俺のパジャマの裾をきゅっと掴んだ。いじらしいことこの上ないが、状況が状況だけに、多少の苛立ちも感じた。


「そういう意味じゃ……ああ、もう!」


「朝っぱらからなにガタガタやってんの~?」


「ごめん! 大丈夫だから!」


 階下から声が聞こえ、俺は肝を冷やした。額にわいた冷や汗を手に持ったタオルで拭う。


 俺がこの少女を自室にとどめておきたかった最大の理由は、姉である紫央しおの存在だった。


 この少女と一緒にいるところを見つかったら、何を言われるか分からない。下手をすれば家族会議ものだ。

 だから、絶対にこの少女の存在を気取られてはならない。俺は再び自室に戻ると、勉強机から椅子を引き出し、そこに少女を座らせた。


「ちょっとだけこの部屋の中にいてくれ! 頼む!」


「え~っ?」


「え~っ、じゃなくて! お願い! あとでご褒美でもなんでもあげるから! ね!」


「……わかった。すぐ、もどってきてね」


 少女は悲しそうな顔をすると、しゅんとした様子でうつむいた。可哀想なことをしたような気もするが、仕方のないことだ。


 俺はクローゼットを開け、外行き用の私服にテキパキと着替えると、椅子にちょこんと座る少女の姿を横目に部屋を出た。

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