5センチ目「先輩たちとの出会い」

 俺は春菜にクリアを預けて、教養科目の講義を受けていた。


「であるからして――」


 岩本強いわもとつよしという年配の教授なのだが、その立ち居振る舞いの弱々しさから、学生たちの間では“ヨワシ”というあだ名で呼ばれている。


 岩本先生には威厳のかけらもなく、叱りつけることもしないため、学生たちは好き勝手に内職したり雑談したりするという始末だった。


 俺も「この講義は出席さえしておけば楽に単位が取れる」と先輩に聞いたから取ったクチで、そこまで講義内容に興味があるわけではない。岩本先生の心情は推して図るべしといったところだった。


 回ってきた出席表に丸を付けると、俺は真っ先にオカ研の部室へと向かった。これだけ長時間クリアから目を離したのは初めてだったので、どうしているか心配だったのだ。


「ただいま――」


「いいね、すごくいいよ」


「本当!?」


「ああ、最高だ。もう少しこっちを向いてもらえるかな」


 怪しげな声が部室に響く。俺は呆れ顔でその光景を眺めた。


「何してるんですか、先輩?」


「あっ、クウ!」


「おや、雨宮くんか。ヨワシ老の講義はもう終わったようだね」


 クリアは俺を視界に入れるなり駆け寄ってきた。知らない人ばかりで心細かったのかもしれない。

 一方、デジカメを手に振り返ったのは、オカ研の会長である三年生の高坂美礼こうさかみれい先輩だった。


「実に素晴らしい逸材を連れてきてくれたね、雨宮くん。感謝するよ」


 艶やかな黒のロングヘアーを揺らしながら、高坂先輩は熱弁した。

 逸材というのはクリアのことだろう。どこから持ってきたのか、魔女っ子衣装を着せられ、手には小さな木の杖を持たされている。


「彼女をオカ研の看板娘として起用したいのだが、構わないか?」


「写真くらいならいいですけど。あんまり悪用しないでくださいよ」


「なに、心配するな。黒魔術の触媒になど使いはしないさ」


 高坂先輩はふっと笑いながらデジカメを掲げた。写真を使う黒魔術なんてあるのだろうか。魔術の世界も日々進歩しているのかもしれないと思った。


「おっす――って、なんだこの状況は?」


 続いて部室に現れたのは、二年生の新垣吾郎あらがきごろう先輩だった。俺と同じく、講義を受け終えたところらしい。

 こんな好青年のイケメンがなぜこの陰気なサークルに入ったのかは分からないが、唯一同性のメンバーとして、俺は結構頼りにしている。


「ゴローちゃん。見てくれたまえよ、これらの写真を」


「おお、きれいに撮れてますね。ってか、その子は?」


くうくんが連れてきたクリアちゃんです。事情があって、お家で預かってるそうです」


「そうだったのか。色々大変そうだな、お前も」


「ええ、まあ」


 そこはかとない同情の目線を向けられ、俺は恐縮した。クリアと出会って以降、気が休まる暇がない。大変なのを分かってもらえるだけでもありがたかった。


 ともあれ、こうしてサークルメンバー全員が部室に集合した。そう、オカ研はたった四人しかメンバーがいない極小サークルなのだ。


 高坂先輩は全員が着席したのを認めると、テーブルに勢い良く手をついて身を乗り出した。


「さて、全員集まったところで、一つやりたいことがある。ときに雨宮くん。午後は暇かね?」


 高坂先輩から不意に尋ねられ、俺は面食らいながらも答えた。


「え、あ、はい。三限で終わりですけど」


「ゴローちゃんは?」


「俺は午前上がりです」


「春菜くんはどうかな」


「四限まで入っちゃってますけど、その後でもいいなら」


「ふむ……では四限終了後にこの部屋へ集合してくれ」


 高坂先輩の唐突な指示に、俺は少しいぶかしんだ。急に活動の予定を入れるなんて、計画的にスケジュールを組む高坂先輩にしては珍しいからだ。


「何が始まるんですか?」


「それはだな――クリアくんの歓迎パーティーだ!」


 高坂先輩は腰に手を当て、胸を張ってそう宣言した。予想もしていなかった返答に、俺は驚いた。クリアのために催しをやってくれるというのは、大なり小なりありがたいことだった。

 新垣先輩はそれを聞いて、うんうんとうなずいている。


「そうだな。せっかく新顔が来てくれたんだから、ちゃんと歓迎しないとな」


「パーティーって?」


「クリアちゃんをみんなでお祝いする会のことだよ」


「そうなの!? やったぁ!」


 クリアは両手を上げて飛び跳ねている。まだ始まってもいないというのに、元気ハツラツだ。


「なんかすいません、俺たちのために色々してもらっちゃって」


「いいんだよ。迷惑というのはお互いにかけあうものだ。そうだろう?」


 そう言うと、高坂先輩は俺の肩を叩いてウインクした。

 正直なところ、オカ研にクリアを連れてくるのは賭けだった。クリアが初めて会った他人にどんな反応を示すか分からなかったからだ。

 しかし、いまとなっては一人で問題を抱え込まなくて良かったと思った。

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