4センチ目「ようこそオカ研へ」
俺たちは大学の正門をくぐると、真っ先にサークル棟へと向かった。所属しているオカルト研究会の部屋がそこにあるのだ。
「おはようございまーす」
オカ研の部室とはいっても、過度なオカルティズムに傾倒しているわけではなく、他の部室と比べて変わった特徴はない。各個人の持ち寄った私物が転がる、ごく普通の部屋だ。
そんな部室内にひょっこりと顔をのぞかせると、長机に備え付けのベンチに小柄な女性が一人座っていた。
彼女はサークルメンバーの一人である
「あっ、
「うん。朝方から色々あって、目が覚めちゃってさ。そのついでに、早めに来てみたんだ」
俺は春菜の対面に腰かけると、リュックを右隣に置き、その逆側にクリアを座らせた。
春菜は様子を伺うような上目遣いで俺の顔を見上げた。
「あの、聞いていいのか分からないんだけど、その子は……?」
「ああ、この子は俺ん
「おはようございます! クリアです!」
「きれいだし、かわいい……! よろしくね、クリアちゃん」
ちょっとズレたあいさつをするクリアを見て、春菜は微笑んだ。このオカルト研究会には同級生と先輩しかいないから、年下であるクリアの存在は新鮮に感じるのだろう。
「さて、クリア。色々と話を聞かせてもらおうか」
「何のお話するの?」
「お前のことについてだよ」
「あっ、いいね。私もクリアちゃんの話、聞きたいなぁ」
「うん、いいよ!」
春菜はどうやら、クリアの身の上話が聞けると勘違いしているらしい。もっとも、そう思い込んでくれているなら説明の手間が省けて都合がいい。あえてそのままにしておくことにした。
「それで、まず聞きたいのは、お前がさっき言ってたことだ。俺と『ずっと一緒にいた』っていうのはどういう意味だ?」
「うーん、ずっとはずっとだよ。一緒にいたんだもん」
「どこで一緒にいた?」
「筆箱の中だよ!」
俺は聞き間違いかと思い、目をパチクリさせた。
「筆箱の……ごめん、もう一回言ってくれないか」
「昨日まで、クウの筆箱の中にいたの。そしたら、まわりがぱあって明るくなって、定規から人間になったの」
「『定規から人間になった』――?」
俺はまたもや頭を抱えた。まさか、自分が文房具の一種だとでも言いたいのだろうか。ここはオカ研の部室とはいえ、その言い分はいくらなんでもオカルトがすぎる。冗談もほどほどにしてほしかった。
「なんか面白い話だね! 小説家の才能があるかもしれないよ」
「わたし、しょーせつか、なれる?」
「なれる、なれる!」
春菜はこれが作り話だと思っているようで、クリアをほめそやしている。クリアもクリアで、まんざらでもないようだった。
俺は思考を整理するのに必死だった。
彼女の言い分をまとめると、昨日俺が寝静まった後に文房具から人間に変身した、そう言いたいらしい。騙されたと思ってそれを鵜呑みにするならば、確かに全てのつじつまが合う。
しかし、俺はオカ研のブレーキ担当だ。オカルトを真っ向から否定するのが、俺の役目である。だから、そんな非科学的現象が起こったなんて思いたくはなかった。
筆箱の中でずっと一緒にいたというのならば、
「それじゃあ、これからいくつか質問するから、それに答えてくれ。俺のフルネームは?」
「アマミヤクウ!」
「俺が生まれた誕生日は?」
「えっと、6月20日!」
「俺が毎週欠かさず見てるお笑い番組は?」
「ムチトーク!」
「じゃあこれはどうだ! この前の数学の小テストの点数!」
「52点! 大丈夫、次はうまくいくよ! 一緒にお勉強しようね!」
「ぐっ、全問正解だ……」
「すごーい! クリアちゃん、記憶力いいんだね!」
「えっへん! クウのこと好きだから、何でも知ってるよ!」
悪かったテストの点数まで言い当てられた上に優しく慰められ、俺の心はズタボロだった。ここまで知っているのは、同じ学部の友人と紫央姉くらいのものだ。
一度も会ったことのない赤の他人がこの精度で情報を収集することは、ほぼ不可能と言っていいだろう。
俺はいよいよ、クリアのことが嘘つきだとは思えなくなった。彼女は本当に定規だったのかもしれない。そう信じざるを得なかった。
しかしそうなってくると、今度は彼女の居場所の確保が問題になる。
自宅に上げるのは紫央姉がいるから難しいし、かといってオカ研の部室に泊めておくわけにもいかない。ネットカフェやカプセルホテルなどを使えば数日はもつが、ずっと泊まるのは金銭的に限界がある。
いい案が浮かばず思い悩む俺を、クリアは心配そうに見上げた。
「大丈夫、クウ? 元気ないの?」
「あ、いや、大丈夫だ。心配しないでいいからな」
「うん! わたし、クウのこと信じてる」
ガラス細工のように透き通った青い瞳で見つめられ、俺は決心を固めた。クリアのことは俺がなんとかする。誰に何を言われようとも、彼女は俺が守る。
「なんだか、二人とも
「そうかな?」
「わたし、クウと合ってる?」
「うん! 家族みたいにぴったりだよ」
「えへへ、うれしいな……」
照れるクリアを春菜はにこやかに眺める。クリアという異分子がいても、彼女の態度はいつもと変わらない。そのことが、俺の平静をなんとか保たせてくれていた。
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