35センチ目「共同戦線」

 俺がスキルを唱えるなり、クリアは天啓を得たように両腕を高々と掲げた。

 膨大なエネルギーがうねりを上げ、クリアの頭上に巨大なクリア定規を形作る。


「そのスキルは……!」


 驚く豪をよそに、俺は叫ぶ。


「行け! クリア!」


「はああああああああああああ!!」


 気合いの掛け声とともに、クリアは両腕を振り下ろした。

 巨大定規は複数の遊具を巻き込みながら、ケンを虫のように押しつぶした。砂場の砂が大きく飛び散り、煙幕のように舞い上がる。


「やったか!?」


 煙が晴れたとき、そこにあったのは、ボロボロになりながらも立っているケンの姿だった。


「なっ、馬鹿な……!」


 俺はその光景をにわかには信じられなかった。あれだけの攻撃を食らってもまだ倒れずにいるなら、一体どうやって倒せばいいのだろうか。


 クリアも同じことを思っているようで、拳を構えてはいるものの、その表情は固い。


 そんな中、豪はケンに向かって穏やかに声をかけた。


「そろそろ潮時だろう。ケン」


「はい、師匠」


 ケンは武装アムドを解くと、こちらに歩いてきた。


「おい! まだ勝負はついてないぞ!」


「俺はここで白黒をつけたいのではない。『手合わせしたい』と最初に言ったはずだ」


 豪はそう言うなり、避人円をさっさと解いてしまった。憤りのぶつけどころを見失った俺は、言葉にならない声を上げながら地面を踏み鳴らした。


「油断したところを不意打ちしようっていうんじゃないだろうな?」


「そう無粋ぶすいなことはせんよ。とりあえず、座って俺の話を聞いてくれないか」


 そう言うと、豪は俺たちをベンチへと誘った。俺たちは展開をいまいち飲み込めないまま、それに従った。

 中年のおっさんとベンチでお話なんて全く嬉しくないが、仕方がない。


 豪は俺たちが座るなり、頭を下げてきた。


「まず、俺たちの非礼を詫びたい。いきなり戦いを仕掛けたり、煽ったりして申し訳なかった。だが、これは必要な行程だったんだ」


 いちおう、謝罪の意を述べる程度の礼儀は持っているらしい。


「何のために俺たちと試合を?」


「俺たちは来たるべき戦いに備えて、仲間を集めている。共闘に値するか、君たちの強さを見極めたかったのだ」


「来たるべき戦い?」


「ああ。最強のツクモが目覚めようとしている」


「最強のツクモ……?」


 豪はこくりとうなずいた。


「古より伝わる三種の神器は知っているな?」


「えーと、八咫鏡やたのかがみ天叢雲剣あまのむらくものつるぎ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまだったか」


「そうだ」


 天孫降臨の際に天照大神あまてらすおおみかみ邇邇芸命ににぎのみことに授けた三種類の道具、それが三種の神器だ。


「そのうち、天叢雲剣は二振りあるそうだ。一振りは、熱田神宮にご神体として納められている。そして、もう一振りは消失したと言われている。二位尼にいのあまが壇ノ浦の戦いで水没させてしまったんだ」


 歴史の勉強をしたときにそんな逸話を読んだ記憶がある。平家が敗北した際、源氏に神器を渡すまいとして海に沈めたのだ。


「だがもし、その失われたはずの一振りが発見され、ツクモになったとしたらどうする?」


「神器が、ツクモに……?」


「ああ。そうなれば、その持ち主は神にも等しい力を得ることになる」


 ただの道具でさえ、ツクモになった途端とてつもない力を発揮するのだ。それが神器ともなれば、その強さは計り知れない。


「その強大な力が悪人たちの手に渡ることだけは、なんとしても阻止せねばならん。そのために、どうか君たちの力を貸してほしい」


 ずいぶんと突拍子も現実味もない話だった。信じろと言われても、荒唐無稽な与太話にしか聞こえない。


 そんな俺の胸中を察してか、豪はふっと笑ってうつむいた。


「信じられないのも無理はない。初対面で俺を信用してくれというのは土台無理な話だ。だが、俺にはこうして頭を下げることしかできんのだ。頼む」


 真剣な顔つきで頼み込んでくる彼の様子に不審な点は見受けられない。しかし、俺は突然の話に戸惑っているというのが正直なところだった。


〈どうする、クウ?〉


〈クリアはこの二人をどう思う?〉


〈たたかってみて分かったの。この人たち、悪い人じゃない〉


 クリアがそう言うなら、きっとそうなのだろう。俺はクリアの直感を信じることにした。


〈なら、助けてあげようか〉


〈うん〉


「分かった、協力するよ。詳しい話を聞かせてくれ」


「ありがとう……!」


 豪は深々と頭を下げた。


「俺は西園寺豪だ。改めて、よろしく頼む」


「雨宮空です。よろしく」


 そうして、俺たちは固い握手を交わした。


 これから壮絶な戦いが待ち受けているなんて、このときの俺たちは思いもしなかった。

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