28センチ目「ルリを救え!」

 大学へ戻ると、クウはしかめ面でクリアを待ち構えていた。


「いままでどこ行ってたんだ、クリア? テレパシーも通じないし」


「そ、それは……その……」


 クウは手を思い切り振り上げた。叩かれると思い、クリアはぎゅっと目をつぶった。


 そんなクリアに向かって、クウはそっと手を下ろし、頭を優しく撫でた。クリアは恐る恐るクウの顔を見上げる。


「お前になにかあったらと思うと、心配なんだよ。でも、無事でよかった」


「ごめんね、クウ。私、強くならなきゃって思って、それで、ひとりで…」


「クリア、一人だけで強くなる必要はないんだ。二人で一緒に強くなればいい」


「二人で、一緒に……うん!」


 クリアの心の奥にあるわだかまりが解(ほぐ)れていく。

 クウと手をつないで、一歩ずつ前に進んでいけばいい。そう思うと、自然と気持ちがポカポカと温かくなった。


「ちなみに、どこに行ってたんだ?」


「うーんと、駅前の広場に行ったらね、持ち主とツクモがいたんだよ」


「なに!? 持ち主と会ったのか!? 襲われなかったか!?」


 クウは両肩をつかんで揺すってきた。クリアはちょっとびっくりしながらも、こくりとうなずく。


「うん、大丈夫だったよ。仲良く話してたんだけどね、持ち主だって分かったら怖くなって、途中で逃げてきた」


「そうか、よかった……」


 クウは手を離すと、安心したように嘆息した。


「あのね、クウ。わたし、あの人――ルリは悪い持ち主じゃないと思うんだ。わたしのために歌まで歌ってくれたもん」


「分からないだろ。俺たちが『戦い』の参加者だと分かったら、襲いかかってくるかもしれない」


「そうかなぁ……ルリもそうだったら、悲しいな……」


 しょんぼりするクリアを見て、クウは少し考え込んだ後、ふっと笑った。


「よし、それじゃ確かめに行ってみるか」


「えっ?」


「俺が一緒なら、戦うことになっても大丈夫だろ? 本人に聞いてみるのが一番早い」


「そっか! 行こう、クウ!」


 クリアはクウの手を取ると、はやる気持ちを抑えながら早足で歩き出した。クウもやれやれといった様子でその後をついていく。


 クリアたちが最寄り駅の近くにたどり着いた、そのときだった。肌を覆うねっとりとした感覚がクリアを襲った。避人円が張られている紛れもない証拠だ。


「おかしいな。俺たちのこと、まだバレてないんだろ?」


「うん……ってことは、まさか」


 すでにルリの戦いが始まっているかもしれない。クリアはクウの手を離すと、たまらず駆け出した。


「おい待て、クリア!」


 クウの呼びかけも、いまのクリアの耳には入らない。にらみ合う四人の姿を見つけると、クリアはなりふり構わず駆け寄った。


「ルリ! 大丈夫!?」


「クリア!?」


 ルリは驚いた様子でクリアを振り返った。着ているチュニックがところどころ破れて煤けている。


 隣に立っているのは、青いツンツン頭の少年だった。だるんとした青色のロングTシャツには、紫色のオシャレなサインが印刷されている。

 彼もまた、全身ボロボロだった。


「どうしてここに!?」


「ルリのことが気になって、わたしの持ち主を連れてきたよ!」


「よろしく、ルリさん」


 クウが隣に並び立つと、ルリはふっと笑った。


「そういうことだったのか。サンキュー、クリア。正直、もうダメかと思ったよ」


 助けが間に合ってよかった。クリアは心からそう思った。


 そして、クリアたちはルリを襲っている敵に対峙した。


 片方はくたびれたグレーのスーツを着ている、小太りの中年男性。

 もう片方は、橙色の髪をリーゼントに固め、学ランとボンタンを身にまとった少年だ。右腕の先端には黒鉄くろがねの大砲がついている。おそらくスキルの一種だろう。


「ちっ、増援か。だが片方は死に体だ。やっちまうぞ、太郎」


「オッケー、ボス」


 太郎と呼ばれた少年が砲身をルリたちに向けると、男性は叫んだ。


砲撃ファイア!」


 砲身から放たれた黒い砲弾が、ルリたちに襲い掛かる。

 クリアは彼女たちを両脇に抱えると、横に飛んだ。地面に着弾した弾丸が爆発し、破砕した石畳から煙が上がる。


「ルリたちはここにいて!」


 クリアは彼女たちを地面に降ろすと、太郎に接近した。両腕を前に構え、数発のパンチを繰り出す。

 太郎はそれらを避けながら、砲口をクリアに向けた。


砲撃ファイア!」


 クリアはとっさにそれを避けた。砲弾はクリアのわき腹をかすり、退避しているルリたちの下へ着弾した。


「ぐああああっ!」


「そ、そんな!?」


 クリアはバックステップで距離を取ると、ルリたちの方を振り返った。

 背中が黒焦げになった青髪の少年が、地面に倒れ伏している。持ち主であるルリをかばって、砲弾が直撃したらしい。


「どうしてルリさんたちばかり狙うんだ! 俺たちと勝負しろ!」


「うぜえからに決まってんだろ!」


 男性は苛立たしげにルリたちを指差した。


「いつも駅前でジャカジャカジャカジャカうるせぇんだよ! 下手くそな歌、歌いやがって! だからいつまで経っても売れねーんだよ!」


 そう言うと、男性は地面に飛び散っているルリのCDケースをバキバキと踏みにじった。それを見たルリは、悔しそうに唇を噛む。

 そのとき、クリアの動きがピタリと止まった。


「下手くそな、歌……?」


 クリアは心の底から湧き上がる怒りを感じながら、男性をにらみつけた。

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