27センチ目「クリアの修行一人旅」

 クリアは大学の構内を一人で散歩していた。

 講義中にずっと定規のままでいるのはつまらないだろうということで、条件付きで外に出してもらったのだ。


 その条件というのは、二つ。


 一つ目は、あまり遠くまで行かないこと。具体的には、テレパシーが届かないところまでいかないこと。

 二つ目は、もし他の持ち主やツクモに出会ってしまったときは、全力で逃げること。


 クリアはそれらの言いつけを脳内で反芻はんすうしながら、とぼとぼと歩いていく。

 その胸中には、もやもやとしたわだかまりがあった。


 クウに守られてばかりで、本当に良いのだろうか。


「ううん、やっぱりこのままじゃダメだ……!」


 クリアは大きく首を横に振った。


 この前の緑色の少年との戦いで、クリアは自分の実力不足をひしひしと感じていた。


 これからの戦いはさらに厳しくなっていくはずだ。いまよりもっと成長しなければ、勝ち残ることはできないだろう。


 クウに頼ってばかりはいられない。まずは『修行』をして、自分の力でしっかり立てるようにならなくては。


 そのためには、せっかく自由行動ができるこのチャンスを逃す手はない。


 クリアは意を決すると、大学の正門をくぐった。


 大学から最寄り駅までの歩き方は、いつもかよっているから知っている。クリアはそれくらいの距離なら行っても問題ないと判断した。


 駅へ続く大通りは平日昼間でも人通りが多く、気をつけて歩かないと誰かにぶつかってしまいそうだ。


 これも『修行』の一環だ。クリアは巧みな足取りで、歩道の人ごみをするすると抜けていく。


 十分ほど歩くと、駅前のロータリーが見えてきた。ここまで来られるなら、迷子になる心配はないだろう。


 クウに頼らず、自力で駅前の広場まで無事たどり着くことができた。そのことに、クリアは安堵のため息をついた。


 そのとき、ふと耳障りの良い音楽が聴こえてきた。楽器の音と女性の力強い歌声が、きれいなハーモニーを奏でている。


 クリアはその音の出どころが気になって、思わず振り向いた。すると、ロータリー脇の広場で、女性が路上ライブをしているのが見えた。


 その女性は水色のチュニックに黒いスキニーパンツというラフな格好で、その手には青いギターを持っている。

 肩くらいまで伸びた髪にはブルーのインナーカラーが入っており、前髪は今風な感じでわざと斜めにカットされている。


 その女性もタイミングよくクリアの方を向いたため、二人の目線がかち合った。

 そのまま知らんぷりするのはなんだか気まずいと思い、クリアはそちらにおずおずと近づいていった。


「おっ、寄っていくかい?」


「あっ、うん。なにやってるの?」


「弾き語りだよ。リクエストを受けた曲を、このギターで弾いてるんだ。昔の歌謡曲から最近のポップスまで、なんでもいけるぜ」


「すごい!」


 その女性はギターネックを持ち上げてアピールした。クリアは目を輝かせながら、早速リクエストをぶちまけることにした。


「それじゃあ、超竜戦隊ギャオレンジャーのOPひいて!」


「ぎゃ、ギャオ……?」


「知らないの? ギャッギャッ、ギャギャッ、ギャオレンジャー♪ ってやつ!」


「なんてこった……このアタシに弾けない曲があるなんて……」


 女性は両腕を力なく下ろすと、愕然とした様子でわなわなと体を震わせた。


「なんでも弾けるってドヤ顔で豪語してたけど、童謡や子供向けの曲は勉強不足だったよ! 嘘言って悪かった!」


 その女性は手を合わせ、頭を下げてきた。それに対し、クリアは笑顔で首を横に振る。


「ううん、いいよ。これから毎週日曜の朝にギャオレンジャーを見てくれたら、許してあげる」


「分かったよ、絶対見る!」


 女性はそう言うと、両手でクリアの手をつかんだ。


「アンタの名前、教えてくれないか? アタシに大切なことを気づかせてくれた人の名前を覚えておきたいんだ」


「わたし、クリア。あなたは?」


「アタシはルリ。シンガーソングライターだ」


 二人は笑顔で握手を交わした。


「そうだ、お礼に一曲歌わせてくれないか? アタシが作った歌なんだけど」


「うん、いいよ!」


「ありがとう。それじゃ、クリアのために捧げる一曲、聴いてくれーー『朝露(あさつゆ)』」


 ルリはギターをかきならすと、心まで響くような美声で曲を歌い上げていく。クリアはうっとりとした顔でそれを鑑賞した。


 冷たいことに、都会の通行人は誰も気を止めない。それでもルリは全身全霊を込めて、その曲を最後まで歌い上げた。


「ありがとう」


「いい歌だったよ! すごいすごい!」


 クリアは笑顔で拍手を打ち鳴らした。


「そうかい、ありがとう」


 そう言うと、ルリは両手を後ろに回して軽くお辞儀をした。


 その瞬間、クリアは目を疑った。

 ルリの腕で隠れていたギターのボディの部分に、緑の石がはまっていることに気がついてしまったからだ。


 呆然としているクリアの顔色を、ルリは伺った。


「どうした?」


「ううん、なんでもない……あっ、そうだ! わたし、そろそろ行かなくちゃ! クウに怒られちゃう! またね、ルリ!」


「お、おう? またな」


 そそくさとその場を離れるクリアを、ルリは不思議そうに見つめていた。

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