29メモリ目「クリア、怒りの猛突進」

「ルリのがんばりをふみにじるなんて、許せない……!」


「頑張るだけじゃダメなんだよ! 仕事も戦闘バトルもなぁ! 砲撃ファイア!」


 迫りくる黒い弾丸を、クリアは素手で殴りつけた。着弾した砲弾が爆発し、クリアの右腕が煙を上げる。クリアはそれを意に介すことなく、前進していく。


「ははは、馬鹿め! 弾丸を素手で殴りやがった! もう使い物にならねぇぞ!」


「こんなものじゃない……自分の大切な歌をふみつけられたルリの心の痛みは、こんなものじゃない!」


「はぁ? 何言ってんだこいつ? 砲撃ファイア!」


 クリアは飛んできた砲弾を再度右の拳で殴りつけた。着弾した砲弾が爆発し、クリアの右手の指がひしゃげる。それでもクリアは前進を止めない。


「お、おい! 太郎! 本気で撃ってんだろうな!?」


「やってますよ、ボス!」


「クウ、スキルおねがい」


「あ、ああ……刀化カッター!」


 クウは若干引き気味にスキルを唱えた。クリアの黒焦げになった右手が、半透明の刃へと変化していく。


「ふぁ、ファイ――」


 男性が呪文を唱え終わる前に、クリアは一気に踏み込むと、太郎の腕の砲口に刀の切っ先を突っ込んだ。


「アッ」


 発射されるはずの砲弾が、砲身の中で起爆する。

 太郎は苦悶の声を上げながら数歩退いた。大砲のところどころから煙が上がり、そして炎上した。


「ぐわあっ!」


 のけぞった太郎にできたわずかな隙を、クリアは見逃さなかった。


「これで終わりっ!」


 クリアはがら空きになった太郎の腹部を真横に一閃した。太郎の留魂石がひび割れ、その体が透けていく。

 男性は慌てて太郎の下に駆け寄った。


「太郎!」


「ボス。お役に立てず、すいませんでした」


 男性は太郎の上半身を抱きかかえると、和やかな目つきで太郎を見下ろす。


「……もういい。ゆっくり休め」


「ありがとう、ございます」


 男性の腕に抱かれつつ、太郎は完全に消滅した。

 その後に残ったライターを拾い上げると、男性はそそくさと去っていった。彼からルリに対する謝罪の言葉は一切なかった。


「ルリ! 大丈夫!?」


 クリアは男性の背中を一瞥いちべつした後、へたりこんでいるルリのところへ駆け寄った。


 青髪の少年はまだダメージが残っているようで、地面にうつぶせに横たわっている。

 自分たちの下に駆けつけてきたクウとクリアを、ルリは不思議そうに見上げた。


「どうして助けてくれたの? 弱ってるアタシたちを先にやっつけてもよかったはずなのに」


「クリアがもらった歌のお礼、まだしてませんから」


 クウが真面目な顔でそう言うと、ルリは腹を抱えて笑い出した。


「ぷっ、あっはっは! アンタ面白いね!」


「えっ? そ、そうかな……」


 クウは頭をかきながら照れ笑いした。

 ルリはそんなクウに手を差し伸べると、握手を求めてきた。


「助けてもらったんだ。これでおあいこ、というか、むしろこっちが礼を言う方だね。ありがとう。アンタの名前は?」


雨宮空あまみやくうです。こいつはクリア」


「アタシは望月もちづき瑠璃るり。こっちはギターのジェフだ。よろしく」


「こちらこそ、どうぞよろしく」


 クウたちはがっちりと握手を交わした。


「んで、いちおう聞いとくけど――アタシたちといまから勝負する?」


「こんなんで、する気になります?」


「まあ、なるわけないよな……」


 クリアの右腕は無茶な戦い方をしたせいでボロボロだし、ルリたちは満身創痍(まんしんそうい)だ。明らかに戦えるような状態ではない。

 もし勝負するにしても、しばらくは延期したいところだった。


 見上げると、空間のわずかな歪みが消え、まとわりつくような空気が徐々にはけていく。避人円が解けたようだ。


「とりあえず、今日のところは停戦協定といこうじゃないか」


「そうですね。お互い、少し休んだ方がいい」


 クウがうなずいたのを見ると、ルリはジェフの肩を優しく叩いた。


「よしジェフ。今日はもう帰るぞ」


「ラジャー」


 ギターに戻ったジェフを、ルリはギターケースの中へ丁寧にしまい込む。

 それからルリは、そのケースを背中にそっと担ぎ上げた。こうして見ると、いかにもバンドマンといった風な出で立ちだ。


「そうだ、連絡先を交換しておかないか?」


「あっ、そうですね。お願いします」


 なにか困ったとき、お互いに情報を共有できた方がいいだろう。俺たちはスマホアプリの友達登録を交換した。これでいつでも連絡ができる。


「それじゃまたな、クリア、クウ」


「またね、ルリ! 今度また歌聴かせてね!」


「ああ、もちろん!」


 ルリは振り返らずに手だけを振ると、颯爽と去っていく。

 傷ついてもあくまでクールなルリの振る舞いに、クリアはキラキラと目を輝かせるのだった。

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