53センチ目「各々の役割」

「あたしたちが、隙を……?」


 ケンとショーンが付かず離れずせめぎ合う様子を見た瑠璃は、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。


 瑠璃にとっては、この戦いがようやくの二戦目だ。日頃から自分たちなりに訓練しているとはいえ、自分の実力に自信を持てるほどの戦闘経験はまだなかった。


 どうやらジェフも同じようなことを考えているようで、ケンとショーンの戦いを不安そうに見つめている。あの間に割って入ることができるだろうか。


 豪はそんな瑠璃たちを見つめると、それぞれの肩に手を置いた。


「戦いにおいて、一番重要なことはなんだと思う?」


「一番重要なこと……?」


 豪はこくりとうなずく。


「それは、自分にできる役割を各々おのおのが見極め、そして実行することだ。俺は、君たちにこの役割が務まると思ったからこそ、こうして頼んでいるんだよ」


「あたしたちの、役割……」


 瑠璃はふと、知り合いとバンドを組んだときのことを思い出していた。


 各パートの楽器には、それぞれ重要な役割がある。ギターはメロディーを生み出し、ベースは低音で曲全体を支え、ドラムはリズムとテンポを刻んでいく。

 演奏セッションは、それらの要素がどれ一つ欠けても成り立たないのだ。


 いま自分にできる、最大限を。


「やろう、ジェフ」


「瑠璃……」


 心配そうな顔をするジェフに、瑠璃は歩み寄る。


「チャレンジだよ。いままでだって、そうやってやってきたじゃないか」


 人生で初めてストリートライブをしたときもそうだった。

 周りに応援してくれる人は誰もいない。初めての作業は何もかもが手探りで、心の中は不安で一杯だった。


 だが、そういうときこそ、自分自身を信じて前を向く。それが、瑠璃の生き方だ。


 ジェフの両肩に後ろから手を置くと、瑠璃はその右頬にそっと顔を寄せた。


「よーく狙うんだ。相棒なら、絶対できる」


 ジェフはおもむろに両腕を挙げると、手のひらを前に向けつつ、前方に伸ばした。

 その額にじわりと汗がにじみ出る。


「行くよ、相棒」


 入れ替わり立ち替わるケンとショーンの動きを見定めながら、瑠璃は大きく口を開いた。


触手テンタクル!」


 ジェフの両手の指先からギターの弦が伸び、ショーンの足を絡めとろうとする。しかし、ショーンは華麗な足さばきでそれを上手く回避した。


「逃がすな、ジェフ!」


「ああ!」


 弦は地面の上をのたうちながら、なおもショーンを追撃する。瑠璃はタイミングを見計らって、さらにスキルを詠唱した。


電撃エレクトロ!」


「うっ……!」


 かすかに足に触れた弦の先端から、ショーンの体に電撃が流れ込む。彼は痛みに一瞬動きを止めた。


 瑠璃は大きくガッツポーズをした。


「よっしゃ!」


「上出来だ!」


 その瞬間、ケンは竹刀を持った右腕を引き、極限まで低く腰を落としてから前方に踏み込んだ。


 ――神速の打突。

 相手との距離を一瞬にして詰め、渾身の一打をぶつける大技。

 それはスキルではなく、日々の鍛錬により磨き上げた、純粋なる技術の結晶であった。


 ショーンがガードをする間もなく、竹刀の先端がショーンの留魂石を捉え、一撃にしてそれを叩き割る。


 放たれた技の威力に、ショーンはたまらず後方へよろける。そして砕けた留魂石を押さえながら、顔を上げた。


「見事な一撃だった。敵ながら天晴れだ」


 ショーンはケンに歩み寄ると、笑顔で手を差し伸べてきた。ケンはそれに応じ、彼の手をがしりと握る。


「お前は紛れもなく強者だった。この戦いは、俺の魂に刻みこまれた。決して忘れることはないだろう」


「ありがとう。いい勝負だった」


 敗北したにも関わらず、ショーンの表情は非常に穏やかで、納得したような雰囲気をたたえていた。


 ショーンは後ろを振り返ると、初老の男性に向かって深々とお辞儀をした。


「会長、勝てなくてすみませんでした!」


「帰ったら、トレーニングの続きだな」


「そうですね。まだまだこれからですよ」


 会長と呼ばれた男性は、消えゆくショーンと拳を突き合わせる。ショーンは満足そうにうなずくと、やがてボクシンググローブへと姿を変えた。


 初老の男性はグローブを拾い上げると、豪たちに向き直った。


龍馬りゅうま様はこの上にいらっしゃる。くれぐれも気をつけていけよ」


「ご忠告、どうも」


 豪は彼と視線を交わすと、その場を颯爽と歩み去った。他の三人は、その後ろについていく。


 王城龍馬との決戦のときが刻一刻と近づいている。

 瑠璃は緊張の面持ちで身震いしたが、それが武者震いなのか、それとも不安や恐怖からくる震えなのかは定かではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る