47センチ目「間違った救い」

 大量の血を見て気が動転したのか、茂夫はおたおたとその場で動き回る。


「ど、どうしよう! 未羽ちゃんが大変なことに……!」


 流血部を手で抑えながら、未羽は茂夫を振り返った。


硬化ハーデンを唱えなさい、クソ豚。留魂石が無事なら死なないわ」


「で、でも――」


「いいから早く!」


「は、硬化ハーデン!」


 肉体が硬質化したことにより、傷口からの出血が止まる。未羽は胸に突き刺さったクリアの剣を両手で抜き取ると、地面に放り捨てた。


「さあ、第二ラウンドと行きましょうか」


 俺はその痛々しい姿を見て、思わず叫んだ。


「そんな大怪我までして、どうして戦うんだ!? このままだと人類が滅んでしまうかもしれないんだぞ!」


「どうしてって、それがクソ豚の願いだからよ」


「えっ?」


「クソ豚はね、学校でいじめられて、不登校になったのよ」


 その言葉を耳にした茂夫は、苦しそうにうつむいた。


「友達も、先生も、両親でさえも、見て見ぬ振りをして誰も助けてくれない。そんな仕打ちを受けるうちに、クソ豚は人間という存在そのものを憎むようになった」


「そんなわがままな理由で、人類が滅びてもいいっていうのか?」


 俺の問いかけに対し、茂夫は真顔で答えた。


「人間なんて所詮、自分のことしか考えない、醜い生物だよ。そんな生き物、滅んでしまえばいいんだ」


 ――ふざけるな。

 そんな子供じみた言い分のために、誰かが傷ついていいわけがない。

 それが例え、敵であったとしても。


 俺は湧き上がる怒りを声に出してぶつけた。


「お前の自分勝手な願いを叶えるために、未羽は全身全霊をかけて、ボロボロになって戦ってるんだぞ! それを見て、お前はなんとも思わないのか!?」


 それを聞いた茂夫は、地面を強く踏みつけると、天然パーマの髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしった。


「あああああ、もう! だったら、どうしろって言うんだよ! 僕の受けた痛みと苦しみは、どこへぶつけたらいい!?」


「いいのよ、クソ豚。あなたはそのままでいい。思うがままに行動し、命令しなさい」


 未羽はどこか悲しそうにつぶやいた。その様子を見た俺は、ハッと気づく。


「未羽、お前もしかして――」


 彼女は、自分の体が壊れるのもいとわずに戦っている。世界でただ一人、茂夫の味方でいるために。茂夫の傷ついた心を救うために。


「知ってるでしょ? ツクモは持ち主の道具。その在り方を肯定するしかない」


 確かにそうだ。ツクモは持ち主を選べないし、持ち主の命令に逆らうこともできない。そういう仕組みになっているからだ。


 だが、持ち主とツクモの、二人の関係性の在り方なら選べるはずだ。もし間違えたとしても、もう一度選び直せばいい。


 俺とクリアはこの『戦い』を経て共に成長してきた。だからこそ、自信を持って言えることがある。


「――そんなことないよ。持ち主がまちがえたら、ちがうよって言ってあげなきゃ」


「っ……!」


 クリアの真っ直ぐな言葉に、未羽は面食らったような顔をした。

 ちょっぴりお節介な俺たちには、彼らのあやまちを見逃すことはできなさそうだ。


「お前たちの間違った絆、俺たちが否定してやる! 行くぞ、クリア!」


「うん!」


 クリアは残った左手で殴りかかる。未羽はそれを右手で捌くと、左手で裏拳を放った。


 身を屈めてそれを避けたクリアは、わき腹目掛けてキックを放つ。先ほど受けたダメージが大きかったのか、未羽は回避行動を取ることができず、その蹴りをもろに食らった。


「ぐっ……!」


 さらに、クリアは左のジャブを雨霰のごとく繰り出す。未羽はそれらを捌き切れず、胴体に何発か食らって後ずさった。


「片腕なのに、強い……!」


 手数で勝る未羽だが、クリアの勢いに押されて、さらに少しずつ後退していく。そして、ついにそのときが訪れた。


「これで終わりっ!」


 腹部に回し蹴りを食らった未羽は、茂夫の下まで吹っ飛ばされ、うつぶせに転げた。

 茂夫は慌てて未羽のそばに駆け寄る。


「ごめん、クソ豚。もう限界みたい」

 

「未羽ちゃん! ああ、未羽ちゃん……ごめんよ、僕のわがままのせいで……」


 茂夫はべそをかきながら未羽にすがりつく。


「泣くな、みっともない。これに懲りたら、もう人類滅べ〜なんて言わないでくれる?」


「うん、もう言わないよ。未羽ちゃんのお願いだもん。これからはちゃんとする」


「そう。それを聞いて安心したわ。それじゃ、少し休む」


「さよなら、未羽ちゃん……」


 涙ながらに別れを告げる茂夫に、俺は恐る恐る声をかけた。


「あの、お取り込み中のところ悪いんですけど……未羽さんはまだ生きてらっしゃいますよ……?」


「……えっ?」


 茂夫が未羽を仰向けにすると、その腹部では緑色の石が輝きを放っていた。


「どうして留魂石を避けたの?」


「分かんないけど、その方がいいかなって」


 にかっと笑うクリアを見て、茂夫は再び涙を流した。


「未羽ちゃんが無事で良かったぁ……!」


「だから泣くなって言ってるでしょ! 茂夫は本当に弱虫なんだから」


 その場が笑い声で包まれる。茂夫と未羽を包む和やかな雰囲気に、俺は一安心した。

 これなら、まだやり直せる。これからはきっと、二人三脚でやっていけるだろう。


 刹那、未羽の腹部が突如として爆発した。


「えっ」


 何が起こったか分からず呆然とする茂夫の目の前で、未羽の体が透けていく。


「茂夫――」


 手を伸ばす未羽だったが、その手は届かず、茂夫の手の中に未羽のフィギュアだけが残った。


「敵味方、和解してお涙頂戴か? 戦場にそういうのは不要なんだよ。あるのは生か死か、それだけだ」


 迷彩服の少年は、手首の先に生えた銃口をふぅと吹いた。

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