14センチ目「歓迎会実施のお知らせ」

 講義を受け終えた俺は、クリアを連れてサークル棟に歩いていく。目的地はもちろんオカ研の部室だ。


 階段を上がり、二階の端の方にある小さな部屋へ顔を出すと、そこにはすでに俺以外のサークルメンバーが全員揃っていた。


「すいません、遅くなって」


「気にすんな。俺もいま来たところだから」


「ゴローちゃんは寝坊だがね」


「ちょっとねえさん、それ言わなくていいところだったでしょ。間に合ったんだから」


 姐さんというのは新垣あらがき先輩が高坂こうさか先輩を呼ぶときのあだ名であり、実際の姉弟というわけではない。それくらい仲が良い関係だということだ。

 俺もこのサークルに馴染む頃には、あだ名で呼ばれたりするのだろうか。


「さて、クリアくん。君には誕生日席に座ってもらおうか」


「たんじょーびせき?」


「机の端っこってことだよ。主役はお前だからな」


「そっか! えへへ」


 クリアは照れ笑いを浮かべながら着席した。高坂先輩はクリアの肩に『今日の主役』のたすきをかけてあげた。


「よし、それじゃ始めるとするか!」


「ようこそ、我がオカルト研究会へ」


 高坂先輩がランタンをつけ、春菜が部屋の明かりを消すと、仄暗い空間に俺たちの顔がぼうっと浮かび上がる。なかなかに良い雰囲気作りの演出だと思った。


 クリアは始まったばかりなのにすでに興奮しているようで、目を輝かせている。


「さぁ、好きなものをじゃんじゃん食べてくれ。もう少ししたら、ホラー映画の上映会をやるからな」


「えっ、ホラー映画見るんですか……?」


「ん、どうした春菜くん。もしかして苦手だったかな」


「だ、大丈夫です、多分……」


 春菜はまだ始まってもいないのに小さく縮こまった。ホラー系が苦手だというのは初めて知った話だった。


「ダメそうだったら、他のに変えてもらおうか?」


「ううん、いいの。私、これから強くならなきゃいけないんだから」


 春菜はグッと拳を握りしめ、自分に言い聞かせるようにそう言った。そんなところで無理をしなくてもいいと思うのだが、本人の決意は固いらしかった。


 クリアはというと、ポテチを一人でバクバク食べている。

 美味しそうに食べるその様子を見ていると、こっちまで食べたくなってくる。俺はたまらず、近くにあったクッキーを何枚か食べた。


「クリアちゃんは普段、映画とか見るのかな?」


「クウが見てるやつを見たことあるよ。銃でバンバン撃つやつとか、冒険するやつとか」


「アクション映画か、いいね。でも今日のはちょっと違うんだ。まあ見れば分かるよ」


「へえ、面白そう!」


 俺は普段あまりホラー映画を見ないから、クリアにとっては新鮮かもしれないと思った。好き嫌いがはっきり分かれるジャンルだが、クリアは一体どんな反応を示すだろうか。


 やがて高坂先輩はDVDを取り出すと、それをテーブルの上に置かれた映写機に挿入した。


「では、そろそろ上映会を始めようか」


 ランタンの光が消え、白い壁に映像が映し出される。


 その映画は、いわゆる怪異現象ものだった。屋敷に住み始めた家族が、次々と不可解な現象に巻き込まれ、不幸になっていく。


「ひゃあっ!」


 ジャンプスケア――とっさに何かを飛び出させたり音を立てたりして、観客を驚かせる手法だ――にビビった春菜が、ことあるごとに大声で叫び、隣にいる俺の腕を引っ張る。

 どちらかというと、俺は映画の演出よりも春菜の突然の言動にびっくりするのだった。


 高坂先輩と新垣先輩は、二人で映画の内容について語り合いながら眺めている。オーディオコメンタリー型の楽しみ方だ。さすが通だなと俺は思った。


 そして肝心のクリアはというと、じーっと見入っていて何も反応がない。嫌いではないようだが、どういう思いで見ているのだろうか。


 一通り映画を見終わっても、春菜は俺の腕を離さない。というか、ビビって離せないようだった。


「クリアちゃん、どうだった?」


「わっ!って出てくるのが面白かった」


「そうか。クリアくんには相当の耐性があるようだ。将来有望だな」


 高坂先輩に肩を軽く叩かれたクリアは、満更でもない顔をしている。


「私、ホラーに関してはクリアちゃん以下かも……」


「最後まで目を逸らさずに観終わっただけでも、健闘したじゃないか」


「そうかな。だといいんだけど」


 春菜は疲弊しきった顔で笑った。恐怖を克服しようとする勇気を持ち、それを実際の行動に移したことを、いまは讃えてあげたかった。


「それじゃあ映画も見終わったことだし、そろそろお開きにしますか」


 ふと時計の針を見ると、時刻は夜の8時を指していた。宴もたけなわといったところだ。


「お、もうこんな時間か。最後にクリアくん、今後の抱負を頼む」


「何を言えばいいの?」


「これからなりたいものとか、目標とか、なんでもいいんだよ」


 クリアは少し思い悩んだ後、真顔で言い放った。


「わたし、てっぺんとります」


 クリアが想像しているのは『道具の頂点を決める戦い』のことなのだろうが、部外者にはそんなこと知るよしもない。先輩たちは愉快そうに笑った。


「実に挑戦的な解答、ありがとう」


「いいね!そのままてっぺん獲っちまえ!」


「やるったらやります」


 俺は事情を知る春菜と互いに顔を見合わせて苦笑した。

 こうして和やかな雰囲気のまま、歓迎会の夜は更けていくのだった。

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