13センチ目「ツクモってなんだろう?」

 天使との戦いから一晩明け、翌日。

 俺と春菜は大学の学食で、これまでにお互いが得た情報について話し合うことにした。


「で、どうして天使様が一緒にいるんですかね」


「あはは、ごめんね。どうしても同席したいっていうから来てもらった」


「『戦い』についての情報収集は天使としても欠かせません。協力するなら、戦況についての認識を共有しておくことは大事でしょう」


 イリスと名乗った天使は、しれっとした顔で春菜の隣に座りながら、さっき自販機で買ってもらった缶コーラを飲んでいる。

 今日は派手なドレスではなくカジュアルなパンツルックで、翼はなぜか生えていない。


「クウになんかしたら、わたしが許さないからね!」


「何もしませんよ、今日のところは」


 威嚇するクリアをイリスは軽くあしらった。

 昨日の今日でこの場に居座れるその図太い神経は、見習いたいところがあった。


「そういえば、あなたを担当する天使はどうしたのですか? 何も説明を受けていないのですか?」


「いや、そもそもその天使とやらが来てないんだけど」


「そんなはずは……いや、少し待ってください。調べます」


 天使は白いスマホを取り出すと、いじり始めた。それから少しして、大きなため息をついた。


「ああ、確かにこれなら納得です」


「なに勝手に納得してるんだよ。ちゃんと説明してくれ」


「あなたの担当天使は、私たち天使の中でも一、二を争う落第生ナターシャなのです。まだ到着していないのはおそらく、何かトラブルが起きているのでしょう」


「そんなにひどいのか、そのナターシャって天使」


「ええ。ドジというレベルを超えたドジです。ミスをしない方が珍しいくらいで」


 話を聞いた感じ、そのナターシャというのは相当な不出来らしい。どこの世界に行っても、へっぽこなやつはいるものだ。


「それにしても、そいつのこと、やけによく知ってるんだな」


「そんな天使でも一応、私の友人ですから……」


 仕事熱心で真面目なイリスとは正反対の性格に聞こえるが、それでよく友人をやっているなと思った。


「それじゃあ『道具の頂点を決める戦い』について詳しく知らないんだね、空くん」


「ほぼ何も分からないよ。知ってるのは、異空間で相手の緑の石を壊したら勝ちっていうくらいだな」


「では、ナターシャに代わって私から説明しましょう。この『戦い』について」


 イリスは滔々とうとうと語り始めた。


付喪万尊ツクモヨロズノミコト様は、近頃人間が道具を粗末に扱うことを嘆いておられました。そこで、道具に命を与えて『ツクモ』とし、人間たちに道具の大切さを学ばせることにしました」


「そのツクモをお互い戦わせるのはどうしてなんだ?」


「私たち天使にも分かりません。ヨロズ様には何か思惑があるのでしょう。ともかく、百のツクモを互いに戦わせ、最後に勝ち残った持ち主の願いを叶えるというのが、この『道具の頂点を決める戦い』なのです」


「願いを叶える、か」


 ずいぶんスケールの大きな話になってきた。物体に命を与えることができるくらいだから、願いを叶えることも容易いのだろう。


 それを聞くと、ツクモの持ち主が血眼になって相手を探すのにもうなずけた。誰にだって叶えたい願いはあるからだ。


「ここからは実用的な話になります。本来ならば、あなたには『神スマホ』が貸与されているはずです」


「これだよ、空くん」


 春菜は白いスマホを取り出して、俺に見せてきた。

 開かれたホーム画面には、いくつかアプリのアイコンがあった。


「人避けの結界を張る『避人円ひじんえん』だけでなく、現在生き残っているツクモの総数を確認したり、自分が持っているツクモのステータスやスキルを確認することができます。もちろん、普通のスマホとしても使えます」


 ずいぶんと現代的なシステムだ。使いやすいに越したことはない。


「例えば、いまのゴンタのステータスはこんな感じ」


 春菜は神スマホを操作すると、ゴンタの管理ページを開いた。


 画面上部にはくまのぬいぐるみのシルエットが表示されており、種族が『テディベア』となっている。これは大元おおもとになっている道具の説明だろう。


 次に、討伐数は0。これはまだツクモを倒していないから当然だ。俺とクリアの場合は1になるのだろう。


 習得スキル欄には『変身メタモーフ(パッシブ)』のみが記載されている。

 おそらく新たなスキルを習得するたびに、記載が増えていくのだろう。もっとも、どうやって習得するのかは謎だが。


 神スマホがないと不利そうだが、担当のナターシャとまだ接触できていない以上、やむを得ない。他の持ち主がどんなことを出来るのか、分かっただけでもありがたかった。


「勝利条件については、もう知っていますね?」


「ツクモのへそについてる緑の石をぶっ壊したら勝ち、だろ?」


「その通り。あの石は心臓の代わりとなり、持ち主とのテレパシーにも使うことができるツクモの核ですから」


「テレパシーか。それであのとき、クリアの『助けて』って声が聞こえたんだな」


 ショッピングモールで襲われたとき、もしテレパシーがなかったらクリアを救い出すことが出来なかっただろう。間に合って本当に良かったと思う。


「練習しといた方がいいぞ、クリア。持ち主との意思疎通が楽になるからな」


「そうなんだ。分かった」


「ゴンタはめんどくさがりなだけでしょ」


「そうとも言う」


 後頭部に手を当ててケタケタと笑うゴンタに、春菜は苦笑した。


「これでこちらの情報は全て出しました。そちらからも何か提供できる情報があれば言ってください」


「そうだなぁ、ツクモを一人倒したくらいかな」


「えっ、もう倒したの!? すごいなぁ、空くんたち」


「そろそろ最初のスキルが解放されている頃合いですが、神スマホがないのでは分かりませんね」


「まあ、そのうち分かるだろ」


 俺はあっけらかんと言い放った。どうにもできないものは、仕方がないことだ。


 一通りの会話を終えた後、春菜は真剣な表情で俺を見つめた。


「空くん、私決めたよ。私も一緒に戦う」


「大丈夫なのか? まだ怖いんだろ?」


「怖いよ。怖いけど、ゴンタを失う方がもっと怖いって、昨日の戦いを通じて気づいたの」


「そっか」


「うん。だから私、いまよりもっと強くなる。心も、体も」


 彼女にとっては大きな決断だったのだろう。その瞳には覚悟がにじんでいる。


 俺は静かにうなずいた。頼もしい味方が増えたことを、いまはただ歓迎すべきだろうと思ったからだ。


 イリスは何を思っているのか、そんな春菜をただじっと見つめている。

 昨日の高圧的な態度は鳴りを潜めている。あの戦いが、春菜だけでなくイリスにも良い影響を及ぼしたのかもしれない。

 それなら、身を賭して戦った価値は十分にあると俺は思った。

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