42センチ目「月下の誓い」

 お笑いコンビを追い払ったその日の深夜、俺と春菜は旅館をこっそり抜け出して、近くの砂浜へと来ていた。


 クリアは人間態に変身すると、楽しそうに波打ち際へ駆けていった。それを後から追うようにしてゴンタが歩いていく。


「足が冷たくて気持ちいいよ、クウ!」


「そうか。良かったなクリア」


「うん!」


「ったく、クリアはまだまだガキだな」


「それっ!」


 やれやれと首を振るゴンタの顔面に、クリアが放った水しぶきが直撃した。


「ぶっ……やりやがったな!」


「きゃーっ!」


 二人ははしゃぎながら互いに水をかけ始めた。普段は澄ましているゴンタも、皮を一枚剥けば子供なのだ。


「楽しそうで何よりだね」


「クリアたちにも息抜きが必要だってこと、頭からすっかり抜けてたよ。俺、持ち主失格だな」


「そんなことないよ。だからいま、こうやって遊びに来たんじゃない」


「そっか。だといいんだけど」


 春菜にフォローさせてしまった。俺は自分の不甲斐なさに頭をぽりぽりとかいた。

 そのとき、春菜はふと真剣な表情になって俺を見つめた。


「ねえ、空くん。昼間に言ってた『蔵人』のことなんだけど……」


「うん?」


「私たちも、そいつらと戦う仲間に入れてほしい」


 俺は面食らった。『戦い』に参加することを拒むほど臆病だった春菜が、そんなことを自分から言い出すなんて思いもしなかったからだ。


「危険な戦いになる。下手すると、命を落とすかもしれないんだぞ」


「ダメダメな私たちでも、手伝えることは必ずある。それなのに、指を咥(くわ)えたまま見てるなんて嫌」


「それはそうだけど……」


「お願い。私とゴンタのこと、紹介して」


 腕にすがられた俺は、迷った挙句に首肯した。


「分かった。そこまで言うなら、話をつけてあげるよ」


「本当!? ありがとう、空くん」


 『戦い』を経て成長したのは自分だけではない。春菜たちも、見えないところで着実に成長しているのだろう。

 相手を信じることも、友達の務めだ。


 俺はそんな春菜を見て、ふと疑問が湧いた。


「突然聞かれて、びっくりするかもしれないけど……春菜は『戦い』をもし最後まで勝ち抜いたら、何を願う?」


「願いかぁ。そういえば、生き残るのに必死でちゃんと考えたことなかったかも」


 春菜は上を向いてうーんとうなっている。


「空くんは、何か叶えたいことがあるの?」


「ああ。俺から先に言ってもいいか?」


「うん。参考にさせてもらう」


 俺は深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。


「両親を蘇らせてくれ、って願おうと思う」


「そっか……空くんのご両親、亡くなってるんだ……」


 春菜は初めて聞いたその事実に、気まずそうに目を伏せた。


「いまは俺の姉ちゃんが親代わりみたいなもんだけど、本当ならまだ一緒に過ごしてたはずなんだ。その生活を取り戻したい」


「いいと思う。こんな過酷な『戦い』に巻き込まれたんだもん。少しくらいわがまま言ったって、バチは当たらないよ」


「そうだといいんだけどな」


 俺は自分の手のひらを見下ろしながら、ふぅとため息をついた。

 そんな俺を見て、春菜はこちらに向き直った。


「私も一つ思いついた。言っていい?」


「どうぞ」


「ゴンタを人間にしてください、ってお願いする」


「そうか、その発想はなかったな」


 一人生き残ったツクモが『戦い』の後にどうなるのかは分からない。

 ヨロズ神とやらに回収されるかもしれないし、留魂石を破壊されるかもしれない。いずれにせよ、そのまま放置されるということはないだろう。

 だが、願いで人間にしてしまえば、別れずに済む。


「いいんじゃないか? 小さい妹ができるようなもんだろ」


「うん。兄弟がほしかったし、ちょうどいいかなって」


 春菜は愛おしそうにゴンタを眺めた。


「じゃあそのときは、クリアも一緒に人間にしてもらおうかな」


「あっ、いいねそれ。一緒にお願いしてみるね」


「ありがとう」


 俺たちは互いに笑い合った。

 たまにはこうして取らぬ狸の皮算用をするのも悪くない。


「なぁ、春菜。俺たちの願い、絶対叶えような」


「うん。絶対に」


 隣を見ると、春菜は澄み渡った夜空に輝く月を見上げていた。思うところがあるのか、それ以上何も言わずにじっと見つめている。


 俺はふと、その月に向かって手を伸ばした。いまはまだ遠く見えるけれど、いつか高みへと上り詰めてみせる。


「あっ、でも、もしこの二組が残ったらお互い戦うことになるんだよね」


「そうか、確かにそうだな。もしそうなったら、真剣勝負。どっちが勝っても恨みっこなし。全力で戦おう」


「うん」


 俺と春菜は笑顔で拳を突き合わせた。

 いつの間にかそばに来ていたクリアは、それを不思議そうに見つめた。


「何してるの?」


「いや、何って言われるとだなーー」


「ねえ、クウ、ハルナ! 二人も遊ぼうよ!」


「えっ、おわっ! 分かったから、引っ張るなって!」


「ふふっ。行こっか、空くん」


「ああ」


 クリアに手を引かれ、俺たちも波打ち際へと向かう。

 月明かりの下、四人のほのかな影がゆらゆらと揺れていた。

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