40センチ目「お笑いコンビの真価」

 ボケを思う存分終えた亮助は、面倒くさそうに舌打ちした。


「しゃーない。スキルがバレたなら隠す必要もないな! 浪吉なみきち波動ウェイブ!」


 亮助がスキルを唱え終えると、浪吉の両腕が小刻みに振動し始めた。

 浪吉はにやけ顔でこちらに悠々と歩いてくる。


「ゴンタ! あのスキル、なんかヤバそうだからしっかり防いで! 盾化シルド!」


「了解!」


 ゴンタは春菜の指示に応じ、盾を構えながら少しずつにじり寄る。それを見た浪吉は、盾の上からお構いなしにゴンタを殴りつけた。


「ぐうっ……!?」


 ゴンタは確かにガードしたはずなのに、なぜかダメージを受けたらしい。不可解そうな顔をしながら退いた。


「波動は装甲を貫くんや! 浪吉の拳にはガードなんて関係あらへんでぇ!」


 ドヤ顔で拳を突き合わせる浪吉に、今度はクリアが襲いかかる。


「もう一人いるのを忘れてない!?」


刀化カッター!」


盾化シルドや!」


 浪吉は振動する盾でクリアの斬撃をしっかりと受け止める。

 すると、クリアが打ちつけた剣は真ん中でぽきりと折れた。


「そんな!?」


「もちろん防御にも波動ウェイブは使えるでぇ! うちの浪吉は無敵や!」


 面白おかしい態度を取るものだから正直舐めていたが、このコンビ、実際に戦ってみるとかなり強い。生半可な攻撃では通用しなさそうだった。


 勝ち目があるとすれば、一つだけだ。それは、豪さんとケンとの戦いで目覚めたあの巨大定規による攻撃――必殺ウルトのスキル。


 問題は、相手にちゃんと当てられるか分からないことと、あれだけの大技を連発できるのか分からないことだ。


 相手を確実に仕留めるためには、足止めをした上で必殺ウルトを直撃させ、一撃の下に葬り去るしかない。


 そのために作戦を考えようとした俺だったが、避人円に入り込んできた新手を目にして思考が途切れた。


「時間稼ぎありがとうございます、皆さん」


 俺たちに向かって頭を下げたのは、褐色肌の細マッチョな男性だった。ツーブロックの黒髪が潮風に揺れている。

 エプロン姿の女性は、すかさずその男性に問いかけた。


「俊彦さん、お客さんは?」


「ああ、みんな食べ終わったよ。それから、今日はもう閉店にしてきた」


「そうね。こんな状況だもの、それがいいわ」


 俊彦と呼ばれた男性に対し、亮助はガンを飛ばした。


「なんやワレ! 海の家のコック風情が、なんでこの避人円に入って来れるんや!」


「俺がこのツクモの持ち主だからだ」


「なっ!? せやったんか!?」


 亮助はオーバーリアクション気味に驚いた。


「店も守る。ツクモも守る。両方こなせてこそ、プロってもんでしょ」


 俊彦さんは白い歯を見せながらウインクした。

 それを見た亮助は再び地団駄を踏んだ。


「イケメンで仕事もできるやつ、俺一番いっちゃん嫌いやねん! 浪吉、絶対にぶっ倒してや!」


「持ち主が来たとこで、そうそう変わらんやろ。このまま一気に行くで!」


 浪吉は振動する右拳を前にかざしながら近づいてくる。

 俺は急いで俊彦さんに声をかけた。


「あの、すいません。あいつを足止めできるスキルか何か、持ってませんか? 俺、大技をぶちかましたいんです」


 俊彦さんは「ふむ」と顎に手をやった。


「足止めか。それならちょうどいいのがあるよね、おたまさん」


 おたまさんと呼ばれたエプロン姿の女性は、こくりとうなずいた。


「ええ。お願い、俊彦さん」


油装オイル!」


 スキルを唱えると、おたまさんの手から粘性のある黄色い液体が湧き出てきて、両腕を包み込んだ。


「なんや分からんが、食らえ!」


 浪吉は震える腕でおたまさんに殴りかかった。おたまさんはそれを流麗な動作で受け止める。

 浪吉の右拳はおたまさんの手に触れた途端、つるりと滑って空を切った。


 浪吉は首を傾げつつ、ジャブを連打する。しかし、おたまさんはそれらを全てつるつると受け流していった。


「あかん、亮助! 波動ウェイブが効かへん!」


「そないなことあるか!? 盾で押し潰したれ!」


「了解!」


 浪吉は痺れを切らし、盾で突進してきた。しかし、おたまさんが動じることはなかった。


「足元、滑りやすくなっております。ご注意ください」


「うわっ!?」


 浪吉は足を滑らせて尻餅をついた。

 地面にはいつの間にか、大量の油が溜まっていた。おそらく、おたまさんが隙を見て腕から垂れ流したものだろう。


「いまだ、大技を!」


「クリア、行くぞ!」


「うん!」


 クリアが両腕を頭上に掲げるとともに、俺はスキルを発動した。


必殺ウルト!」


 巨大な定規がクリアの頭上に出現する。

 亮助は唖然としながら、それを見上げた。


「ちょ、ちょっと待って! 話し合いましょ! ねっ! いまからでも遅くないと思うんです!」


 浪吉は必死に立ち上がろうとするが、足元が滑って上手く立てない。


「アカン、亮助。これはさすがに無理やわ。ごめん」


「いや、死ぬてこれ! 俺も死ぬ!」


「はあああああああああ!!」


 振り下ろされた巨大定規が、亮助と浪吉を押し潰す。


「「ぎゃあああああああ!!」」


 断末魔の叫び声とともに、お笑いコンビは戦闘不能になった。

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