39センチ目「クリア、ぐずる」

 現れたクリアの様子は、明らかに普段とは違った。俺は困惑しながら声をかけた。


「おいクリア、大丈夫か……?」


「別に、へーきだし」


 こちらを振り向いたクリアの両目には涙が溜まっていた。驚いた俺は、その隣にそっと屈(かが)み込む。


「もしかして、怒ってらっしゃる……?」


「怒ってないし。クウと一緒に海であそびたいとか思ってないし」


「そのことについては本当に悪いと思ってる! ごめん!」


「いいんだよ。クウはオカ研のみんなと楽しくやってればいいじゃん。わたしなんか放っておいてさ」


「そんなこと……いや、あるか……」


 最近、クリアとのやり取りは専らテレパシーで済ませるようになっていた。

 自宅ではクリアの存在を表沙汰にできない上に『戦い』続きなこともあり、クリアに道具態でいてもらう時間が日に日に増えているのだ。


 だから、そうやって思い返すと、面と向かってしっかり構ってあげていなかったかもしれない。


「よし、分かった」


 俺はパンと手を叩くと、心を決めた。


「夜になったら、浜辺でこっそり遊ぼうか。春菜とゴンタも連れてさ。それでいいか?」


 クリアは嬉しそうな顔でこちらを振り向いたものの、すぐさま思い出したように仏頂面を作る。


「……うん」


 曲がったへそは簡単には戻らないようだった。それでも、俺と会話を交わしてくれるだけありがたいと思うべきだろう。


 俺たちがそうこうしているうちに、エプロン店員とガラの悪い二人組との交渉はもつれようとしていた。


「つまり、どうしても留魂石いしは渡せへんねやな?」


「私の留魂石をいじっていいのは、あの人だけです」


「ほんなら、残念ながら壊すしかないっちゅうことになるな!」


 威圧的に詰め寄ってくる二人組に対し、エプロン姿の女性は一人身構えた。


「待ちなさーい!」


「なんや騒がしへぶっ!?」


 刹那、茶髪ロン毛の男の後頭部に何者かの飛び蹴りがクリーンヒットした。男は顔から突っ込むようにして浜辺に突っ伏した。


「間に合った! 大丈夫ですか!?」


「ええ、なんともありません。あなた方は?」


「通りすがりのツクモと、その持ち主です」


 春菜はキリッとした顔つきで親指を立てた。

 見事なフォームの飛び蹴りを披露したゴンタは、茶髪ロン毛の男の醜態を見てケタケタと笑っている。


「なぁ、春菜。そっち、たぶん持ち主だぞ」


「えっ、うそ……やけに弱いと思ったら、そういうことか」


 俺とクリアは、少し遅れて彼女たちの下へ駆けつけた。エプロンの女性は、度重なる増援に戸惑っている。


 そんな中、金髪の男は静かな怒りをたたえながら口を開く。


「これは俺らが『蔵人くらうど』の一員と知っての狼藉ろうぜきなんやろうな?」


「お前ら、まさか『蔵人』のメンバーなのか!?」


「せやで。知っとるんなら、話は早い。そのことが持つ意味も分かるよな?」


 『エウレカ』で聞いた話によれば、『蔵人』に所属している持ち主は十人ほどいるそうだ。

 つまり『蔵人』に牙を剥くということは、そのメンバー全員に対して宣戦布告するということである。


「上等だ。俺たちがその組織、ぶっ潰してやるよ」


「冗談こくのもええ加減にせえよ!」


 拳を振り上げた金髪の男だったが、いったん拳を収めると、未だに立ち上がらない茶髪ロン毛を振り返った。


「ええ加減に……おい、スキル早ようせえ!」


「待って、鼻の骨折れたかも。絶対折れたわこれ。なぁ、どうなってる?」


「締まらんやっちゃな……どうにもなっとらんわ。ほれ、しっかり立て」


 茶髪ロン毛はよろよろと立ち上がると、這々ほうほうていで神スマホを構えた。なんともグダグダな立ち上がりに、俺たちはどう反応していいか分からず、ただただ沈黙した。


 茶髪ロン毛はそんな俺たちを見ると、頭をかきむしった。


「ああ、もう! 関東の人間はこれだから嫌や! いまの絶対笑うとこやろ! 笑うてくれへんかったら、ただのアホになってまうがな!」


「いや、ただのアホでしょ」


 俺が冷静にツッコむと、茶髪ロン毛は悔しそうに歯噛みした。


「くっそぉ、舐めくさりおってぇ……! お前らまとめてぶっ倒して、きっちりオチつけたるわ! やったらんかい、浪吉なみきち!」


「おう! 行くで、亮助!」


 亮助と呼ばれた茶髪ロン毛と、浪吉と呼ばれた金髪の男は、それぞれ拳を構えた。

 これでようやくまともなバトルが始められそうだと俺は思った。


「クリア、解析スキャン!」


「種族:サーフボード、討伐数:0、スキル:変身メタモーフ波動ウェイブ盾化シルドだって」


「なんやそれ! チートスキルやん! のぞくのやめて!」


 亮助は「いやん」という台詞が似合いそうなポーズで自分の体を抱いた。


「俺らを覗いたって誰も喜ばんわ、ボケ」


「あ痛た!」


 浪吉に平手で叩かれた亮助は、自分の頭をさすった。


 やっぱり、まともなバトルにはなりそうにない。俺はこの二人組の妙なノリに苦笑するしかなかった。

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