38センチ目「海の家ミント」

 海水浴を思いきり堪能した俺たちは、小休憩を取るため、砂浜に敷いたレジャーシートのところへ戻ってきた。


「そろそろ昼ご飯でも食べに行こうか、諸君」


「そうっすね。もうお腹ぺこぺこです」


 俺たちはバッグから小銭入れを取ると、浜辺を歩き出した。


 どこで食事をしようか話していた俺たちだったが、小さな海の家が見えてきて、ふと立ち止まった。

 入口の上に掲げられている木製の看板には『海の家ミント』と書いてある。


「美味しいヨ、安いヨ! みんな来てネ!」


 店頭には水着の女性店員が立ち、浜辺を歩く海水浴客たちにカタコトで呼びかけている。


「ここにしてみようか?」


「遠出しなくて済むし、いいと思います」


「私も賛成です」


「それじゃあ、ここにしようか」


 こうして、俺たちはその海の家に寄ることになった。

 店内へ入ると、呼び子をしていた女性店員が笑顔で駆け寄ってきた。


「お客さん、四名サマ?」


「はい」


「四名サマご来店デース!」


 その女性店員は厨房に向かって叫ぶと、俺たちをテーブル席へと案内した。


「あっ」


 ふと視線を下ろした俺は、思わず声を上げてしまった。その女性店員のおへそには、緑色の石がはまっていたからだ。


 慌てて口を手で塞いだが、時すでに遅し。女性店員は俺の方に近寄ると、にこりと笑った。


「あー、これ? これネ、へそピアスヨ」


 女性店員はそう言うと、そのピアスを外してみせた。どう見ても留魂石にしか見えない。全く、紛らわしいアクセサリーもあったものだ。


「ハイ! それで、ご注文は?」


「みんな決まっているかな?」


「俺はカレーライス」


「あっ、俺もカレーでお願いします」


「えーと、私はチャーハンで」


「それから、オムライスを一つ」


「カレー2、チャーハン1、オムライス1ね。少々お待ちくだサーイ!」


 女性店員は手元の伝票に何やら書き込むと、すたすたと歩いていく。


 そのとき、ガラの悪そうな二人組が店に入ってきた。

 一人は茶髪でロン毛のサーファー風の男性、もう一人は短い金髪をしたガタイの良い男性だった。


「ハイ、いらっしゃい!」


「なぁ、ツクモがおるっちゅうのはこの店か?」


「ツクモ? なんのことネ?」


 金髪の男性に尋ねられた女性店員は、話の内容が飲み込めていないようだった。一般人がいきなりツクモと言われて分からないのも無理はない。


 そのとき、茶髪ロン毛の男が女性店員のへそピアスに目を留めた。


「おっ、ちょうどええ。目の前におるやんけ。おい、お前。大人しくその留魂石ぃ渡せ」


「さっきのお客さんもこれジロジロ見てたヨ。みんな好きネー。流行ってるノ?」


 女性店員はへそピアスを外すと、茶髪ロン毛の男に手渡した。彼はそのピアスについた石をニヤニヤしながら眺めた。


「そうそう、これこれ。こいつをへそにつけて、俺もツクモデビュー!……って、全然違うやんけ!」


「違うんかーい!」

 

 茶髪ロン毛の男はピアスを片手に、華麗なモノボケとノリツッコミの合わせ技を決めた。

 金髪の男性は、それに合わせてガクリとずっこけた。


「どいつがツクモなんや?」


「知らんけど。俺に聞かんといて」


 面白いんだか図々しいんだか分からない彼らは、ズカズカと店の奥に入っていく。

 周りの客はドン引きするあまり、動くに動けなくなっているようだった。


「空くん! どうしよう!」


 小声で耳打ちしてきた春菜を、俺は横目で見返した。


「俺はクリアと様子を見る。春菜は急いでゴンタを取ってきてくれ」


「分かった――すいません、ちょっとトイレ行ってきます」


「ああ、うん……気をつけてな」


 高坂先輩は心配そうに春菜を見送った。

 俺はいつでも戦闘態勢に入れるよう、ポケットの中のクリアを握りしめながら待機する。


 やがて、店の奥からポニーテールを結んだエプロン姿の女性が出てきた。その後ろに、先ほどの二人組がついていく。


「一つ約束して。この店の客に手は出さないで」


「おう、分かっとるで。俺たちはツクモが倒せればそれでええんやからな」


 茶髪ロン毛の男はケラケラと笑った。

 エプロンの女性は毅然とした態度で海の家を出ていく。


 店から少し離れたところに三人で立つと、茶髪ロン毛の男は神スマホを取り出した。


「ほないくで!」


 避人円が展開され、半球状の空間が別次元へと隔離されていく。広がってくる膜が海の家を包み込む前に、俺は席を立った。


「俺もトイレ行ってきます」


「あっ、おい、くう!」


 海の家を飛び出した瞬間、俺の全身をねっとりとした膜が通過した。


 危なかった。もう少しで、姿が消える瞬間を先輩たちに見られるところだった。

 変身するところを見られたくないヒーローみたいだなと思いながら、俺はクリアを宙へ放り投げる。


 眩い光を放ち、クリアは道具態から人間態へと変身した。

 そうして俺の目の前に出現したクリアは、地面に体育座りでうずくまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る