43センチ目「廃トンネルの亡霊」
俺たちが泊まっている旅館から車でおよそ三十分の距離に、そのトンネルはある。
付近に新設されたトンネルの開通に伴って使われなくなったそのトンネルは、俗に『旧トンネル』と呼ばれている。
古びて苔むした入口には通行禁止の柵が置かれており、周囲に鬱蒼(うっそう)と茂(しげ)る草木や、全く明かりがない内部の暗さと相まって、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。
「これ、本当に行くんですか?」
「ああ。噂によると中で
「出るって……何がですか……?」
恐る恐る訪ねた春菜に、新垣先輩はにこりと笑いかける。
「そいつは実際に見てみないと分からないな」
なぜ我々がこのトンネルに来たかといえば、もちろん実地調査のためだ。
まだ道路として使われていた当時からそういう噂はあったらしく、ヘアピン気味なカーブとの相乗効果で、事故が多発していたとか。
そんないわくつきのトンネルに、俺たちはこれから侵入しようというのだ。
妙な緊迫感を感じながら、俺はそっとトンネル内を覗き込んだ。中は正真正銘真っ暗で、眺めていると終わりのない暗闇に吸い込まれそうな気分になってくる。
そのとき、手持ち無沙汰でたむろしている俺たちに向かって、高坂先輩がパンと手を叩いた。
「それでは、二組に分かれようか」
「みんなで行くんじゃないんですか?」
「全員で行って、万が一出て来られなくなったら困るだろう? 外部との連絡を取れるようにするため、外で待機する人員が必要なのだよ」
確かに、心霊現象が起こらなくても、誰かが怪我をしたり、急病で動けなくなったりする可能性はある。そういったときのために、備える必要があるということだ。
「私と雨宮くん、ゴローちゃんと山内くん。適当だが、この組み合わせで良いかな?」
「はい、大丈夫です」
「姐さんがいないと心配になってくるな……」
「なに、大した長さではないから大丈夫だ。一往復するだけだから」
そう言われると、ごく簡単なミッションに思えてくる。
「では早速行くぞ、雨宮くん」
「はい」
俺は、懐中電灯を持った高坂先輩の後ろについてトンネルへと足を踏み入れた。
暗いトンネル内に、俺たちの足音だけが響き渡る。足元は泥でねちょねちょしており、少し歩きにくい。
しばらく歩くと、遠くの方に半円形の明かりが見えてきた。向こう側の入口だろう。
そうして俺たちは、何らの現象に遭遇することなく反対側に到達した。
「早かったですね、姐さん」
トンネルを出たところで、新垣先輩と春菜がこちらに歩み寄ってきた。
「ん、なぜ君たちがこちら側にいる? 入口で待機しろと伝えたはずだが」
「え? 一往復してきたんじゃないんすか?」
きょとんとする新垣先輩を見て、高坂先輩は腕を組み、顎に手を当てた。
「我々が気づかないうちに、百八十度方向転換してしまったということか……?」
トンネルの中で方向感覚を失って、Uターンしてしまったとでもいうのだろうか。
曲がった感覚はなかったが、事実そうなっているのだから、そうなのだろう。
「ま、そんなことどうだっていいじゃないすか。無事に帰って来られたんだから」
「それはそうだが……」
高坂先輩はどうしても腑に落ちないらしく、首を捻っている。
俺も正直なところ、狐につままれたような心地だった。
「いや、やはりおかしい。もう一度入るぞ、雨宮くん」
「はい」
踵を返してトンネルに入ろうとする俺たちを、春菜が体で遮る。
「どうしてですか? 結果は出たんだし、行く必要はないと思いますよ」
「納得がいくまで調査する。それが私のモットーだ」
引き止めてくる春菜を振り切って、高坂先輩はトンネルへと向かっていく。俺は慌ててその後を追いかけた。
ジメジメとした空気が肌にまとわりつく。できればあまり長居したくはない雰囲気だ。
そのとき、背後から声が聞こえてきた。
「姐さん、ちょっと戻ってきてください。見つけたものがあるんです」
高坂先輩の叫び声が、トンネル内部の壁に反響しながら俺たちの耳へと届く。
「あの、ああ言ってますけど」
「振り返るな、雨宮くん。絶対にだ」
「あっ、はいっ」
張り詰めた高坂先輩の口ぶりに、俺は身が引き締まった。こんなに必死な高坂先輩は初めてだ。
「空くーん、そっちは危ないよー。戻ってきてー」
今度は、春菜の声が俺に語りかけてくる。俺はそれを気にしないようにしながら、自分の呼吸だけに集中した。
その後も背後から度々かけられる声に、俺は戦々恐々としながら歩き続けた。
やがて、入口の光が見えてきたときには、俺の心中は安堵でいっぱいだった。
外へ出ると、心配そうな表情をした新垣先輩と春菜が駆け寄ってきた。
「ずいぶん遅かったっすね、姐さん。心配しましたよ」
「そうか? そんなに歩いた感じはしなかったが」
「時計を見てくださいよ、姐さん」
俺は横から高坂先輩の腕時計を覗き込んだ。時計の針は、入口に突入してから一時間もの時間が経過したことを示していた。
「私たちはそんなに長くこの中にいたのか……」
体感で十五分程度しか経っていないと思った俺は驚いた。このトンネルは時間の感覚さえも狂わせるようだ。
「よし、次は俺たちっすね」
意気揚々と懐中電灯を点灯させる新垣先輩を、高坂先輩は真顔で制止した。
「駄目だ、行くな。今回の調査はこれでおしまいだ」
「ええっ? 俺たちまだ何もしてないすよ」
「それでいいんだ。君たちは何もしないでくれ」
「え〜?」
新垣先輩は不満そうに口を尖らせたが、それ以上は何も言わなかった。
春菜は行かなくて済んだことが嬉しいのか、ほっと胸を撫で下ろしていた。
こうして、俺たちの『旧トンネル』調査は幕を下ろした。
それにしても、あの偽物の二人組はなんだったのだろうか。見た目だけでなく、声まで瓜二つだった。
もしあの二人組と合流していたら、俺たちは今頃、あちら側の世界に取り込まれていたのだろうか。
そう考えるだけで、背筋が凍った。
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