60センチ目「真打ち登場」

 ダイダラを無事に倒した俺たちは、急いでミラの下へ駆け寄った。あのでかい薙刀の攻撃をまともに食らって、無傷なはずがない。


「大丈夫か!?」


「ごめん。ちょっと当たりどころが悪かったっぽい」


 ミラは美咲に抱きかかえられながら、俺たちの方を見上げる。その腹部にあるひび割れた留魂石は、ミラに残された時間がわずかであることをはっきりと示していた。


「王城竜馬の計画、必ず止めてよね」


「ああ。あとは俺たちに任せておいてくれ」


 豪さんが力強く首肯すると、ミラは満足気に目をつむった。


「信頼できるダチに囲まれて、あたしたち幸せだね」


「そうだね」


「もう、そんな悲しそうな顔すんな。精一杯やりきったんだから、もっと胸を張んなきゃ」


「……うん」


 言葉少なに会話を交わす美咲の頬を、ミラはそっと撫でる。


「あたしがいなくても、あんたならきっと大丈夫」


「ミラ……」


「あー、そろそろ行かなきゃいけない時間みたい。んじゃね、美咲」


「ミラ……!」


 美咲の腕をすり抜けて、ミラの全身が消えていく。やがて、ピンク色の手鏡がからからと音を立てて床の上に落ちた。美咲はそれを拾い上げると、ぎゅっと胸に抱いた。


「……豪さん、ケン」


「うん?」


「王城竜馬のこと、あたしたちの分までぶん殴ってきて」


 涙目の美咲に見据えられ、豪さんは胸をどんと叩いた。


「無論だ」


 床に座り込んだ美咲に見送られ、俺たちは次の部屋に続く大きな扉へと向かった。

 豪さんは取っ手に手をかけると、こちらを振り向いた。


「残るは一部屋だ。この先に必ずや王城竜馬がいる」


 俺はごくりと唾を飲み込んだ。ついに最終決戦というわけだ。緊張しない方がおかしいだろう。


「それでは、いくぞ」


 俺たちは各々のポーズで身構える。

 豪さんはそれを一瞥すると、勢い良く両開きの扉を押し開けた。


 部屋の中央にある祭壇の上には、天井から差すスポットライトを浴びて、さびついた神器が祀られている。その手前には、一人の男がこちらに背を向けて立っていた。


 髪の毛を後ろで一つ結びにしているその男は、ちらりと横目でこちらを振り返った。


「ほう、まさかここまでたどり着くとはね。ようこそ我が城へ」


「お前が王城竜馬だな」


「いかにも。私が『蔵人くらうど』の長、王城竜馬である」


 両腕を開きながら、竜馬はこちらに向き直る。白い上下のスーツにグレーのYシャツというかしこまった出立ちは、どこか威厳さえ感じさせる凛々しさを漂わせていた。


「神器を使って人類を滅ぼすだなんて、絶対にさせない!」


 俺がそう叫ぶと、竜馬は困ったように笑った。


「うーむ、君たちはちと勘違いしているようだな。私の真の目的は、そんな子供じみた破壊衝動に基づく願いではない」


「なに?」


 竜馬は指を一本立てた。


「壊すのではなく、作り直すのだよ。世界をよりよい形に変革して、一からやり直すのだ」


「やり直す……? どういう意味だ?」


「人類はこの数百年で急速な進歩を遂げてきた。その文明の発展は目覚ましいものだ。便利な道具をいくつも開発し、使いこなしてきた」


 竜馬は優しく語りかけながら、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。


「だが、使いこなすのみならず、人類は道具に頼りすぎた。その結果、人間は安易な快適さに堕落し、また争いの中で不必要な多くの犠牲が生まれた。今もそれは続いている」


 竜馬はぐっと拳を握りしめ、さらに熱弁する。


「私は、道具を正しく使える者たちのための世界を作りたいのだ。そのために、まずは道具に頼りすぎたこの文明社会をまっさらにする。その上で、道具を正しく扱う社会を作り上げるのだ!」


 高説を垂れ流す竜馬を、俺はにらみ返す。


「俺にはそういう壮大な理想とか思想はよく分からない。だけど、一つだけ分かることがある」


 俺はこれまでに出会ってきたツクモたちの姿を思い返しながら、確固たる意思を持って口を開いた。


「いまのこの世界はみんなで協力して、汗水流して、必死に作り上げてきたものだ。それをぶっ壊すなんて、俺はおかしいと思う」


「間違ったこの社会を君は肯定するのか?」


「間違ったなら、これから反省して、直していけばいい!」


「君のその考えこそ理想論に過ぎない! 積み上げた利便性に頼り切ったこの世界で、人が過ちに気づくことなど断じてない!」


 長い長いため息の後、竜馬は再び祭壇に歩み寄った。


「どうやら私たちは相容れないらしい。いいだろう、ならば白黒はっきりとつけようではないか。持ち主には持ち主のやり方がある」


 天叢雲剣を手に取った竜馬は、その剣を横向きに掲げた。柄の部分には、大きな留魂石がはめ込まれている。


「やつは神器に在力を流し込んでいる! 今すぐに止めるんだ!」


 豪さんの叫び声に応じて、ケンが素早く駆け寄る。


「もう遅い!!」


 眩い光を放って、天叢雲剣はその形を変えていく。俺は思わず両手で顔を覆った。


 次の瞬間、俺たちの前に現れたのは、白い着物を身にまとった男だった。

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