25センチ目「怪奇!部室棟に響く声」

 蒸し暑い昼下がり、俺はオカ研の部室でぐったりと机に突っ伏していた。


 ここのところバトル続きで、気が休まる暇が全くない。クリアも口には出さないものの、げんなりとした雰囲気を醸し出していた。

 たまには『戦い』とは違うことを考えて、気晴らししたいものだ。


 そんなことを考えていると、部室のドアが開く音がして、誰かが室内に入ってきた。


「雨宮くん! 聞いてくれたまえ!」


「なんですか、高坂先輩……」


 体を動かさずに声だけで返事をすると、高坂先輩が嘆息するのが聞こえてきた。


「なんだ、そんな気が抜けた返事をして。お疲れかな?」


「まあ、そんなところですね……ふあぁ……」


 呑気にあくびを終えた次の瞬間、首の後ろにいきなり冷たいものを当てられて、俺は思わず飛び起きた。


「冷たっ!」


「ほれ、これでも飲んで目を覚ましたまえ。これから調査に行くぞ」


 高坂先輩から炭酸ジュースを渡された俺は、思い切ってぐびぐびと煽った。しゅわしゅわとした泡が口の中で弾け、眠気をすっきり飛ばしてくれる。


「いまからですか? ずいぶん急ですね」


「ああ。つい先ほど依頼が入ったものでな。善は急げというわけだ」


「なるほど」


 極小サークルであるオカ研に依頼が舞い込むなんて、珍しいこともあったものだ。明日は槍でも降るのではないか。

 正式に依頼された以上、調査しないわけにはいくまい。俺は仕方なく起き上がった。


「それで、依頼内容は?」


「ああ。依頼者によれば、このサークル棟で夜な夜な奇妙な声が聞こえるというんだ。その出どころを調査してほしいということだ」


「奇妙な声って言っても、色々ありますけど。囁き声とか、悲鳴とか」


「聞いた話では、うめき声だそうだ」


 そんな話は初耳だった。もっとも、そんな夜遅くまで部室にいることはないから、俺が知らなかっただけかもしれないが。


「まずは日が暮れる前の現場を当たりたい。ついてきてくれ」


「分かりました」


 高坂先輩に連れられて、俺は部室を出た。廊下を真っ直ぐ進んでいき、階段を上がる。

 そうして俺たちがたどり着いたのは、三階の廊下の端にあるトイレだった。


「では雨宮くん。一番奥の個室の様子を見てきてくれたまえ」


「ああ、そういうことか……じゃあ行ってきます」


 高坂先輩が俺を連れてきた理由がようやく分かった。その現場というのは、男子トイレの中なのだ。確かにこの作業は俺が適任だ。


 俺は入口から入ると、室内を一通り見て回った。洋式の便器が二つに、小便器が三つ。洗面器の上には薄汚れた鏡がある。

 注意深く観察したが、特に変わったところは見受けられなかった。


「何もないみたいですよ」


「そうか。まあ、まだその時間ではないからかもしれないな」


 高坂先輩は手元のメモに『昼間:異常なし』と書き加える。


「問題の時間になったら、また様子を見にこようか」


「そうですね」


 俺たちは踵を返し、元来た方向へ戻っていった。


◆◆◆


 オカ研メンバー四人は、夜の部室に集合していた。窓の外はすっかり日が落ち、暗くなっている。


「それでは、現地調査を開始する。みんな準備はいいか?」


「はい! 高坂先輩!」


 春菜はどこから持ってきたのか、工事用のヘルメットを被っている。そういう調査ではないと思うのだが。

 俺はいちおう用意しておいた懐中電灯を片手に、やれやれと肩をすくめた。


「それでは出発する。みんな気を引き締めていけよ」


 日中と同様、高坂先輩を先頭にして俺たちは廊下を進んでいく。


 この部室棟は老朽化が進んでおり、電灯の明かりが弱いこともあって、夜になるとそれなりに雰囲気がある。

 他の部室の人たちはすでに活動を終えたようで、真っ暗な部室ばかりが並んでいる。


 俺たちは薄暗い階段を抜けて、ついに三階のトイレへと到達した。


「ここから先は男子二人で行ってきてくれ。何かあったら大声で呼んでくれれば、私たちも突入する」


「ああ、分かった。行こう、雨宮」


 俺は新垣先輩と互いにうなずきあう。


 そして、俺たちはついに男子トイレの中へと足を踏み入れた。


 切れかけているのか、頭上の電球は一定間隔で点滅している。目を凝らすと、一番奥の個室だけ扉が閉まっているのが分かった。


「う、ああぁ……」


「!!」


 俺たちは顔を見合わせた。いま確かにうめき声が聞こえた。聞き間違いではないはずだ。

 俺は快中電灯をつけると、ゆっくりとその個室の前へ近づいていく。鍵がかかっているようだ。


「すいません。中にどなたかいらっしゃいますか? 大丈夫ですか?」


 俺は丁寧な口調で話しかけた。


「あぁ……うぅ……」


 返事代わりのうめき声が聞こえて、俺は鳥肌が立つのを感じた。新垣先輩を振り返ると、同様に驚いた顔をしている。


 俺は意を決してもう一度声をかけた。


「すいません。中の人、ちょっといいですか?」


 そう言い終わった瞬間、カチリと鍵が開く音がして、扉が開く。


「わあっ!?」


 中にいたものを目の当たりにして、俺は思わず飛び上がった。

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