三章 トーナメント編
64センチ目「神の誘い」
『
豪さんたちと無事別れた俺たちは、再び元の平和な日常へと戻ってきていた。
大学の食堂のアイスを頬張るクリアとゴンタ、それとイリスを横目に、俺は遠い目で考え込んでいた。
「どうしたの、空くん? そんなぶっきらぼうな顔して」
「ん? いや、なんだかなーと思ってさ」
俺は春菜にその理由を話すことにした。
計画を阻止するためとはいえ、あれだけの犠牲を出してまで倒した王城竜馬。その戦いを共に乗り越えた仲間たちと、改めて勝負する気にはどうしてもなれないのだ。
「そこまでして叶えたい願いではない、ということなのでは?」
「そうなのかな」
確かにイリスが言う通り、もし本気で願いを叶えたいのなら、きっと必死に戦いを挑むことだろう。自分がただ平和ボケしすぎているだけなのかもしれない。
「まあ、そういう悩みも含めての戦いってことなんじゃないかな」
ふいに真理をついたようなその言葉に、俺は目を丸くした。何をするにもおどおどして弱々しかった以前の春菜からは想像もつかない発言だ。
「春菜、お前強くなったよな……」
「え、そうかな?」
照れた様子で頬をかく春菜。それを遮るようにして、ゴンタが顔を出す。
「そうだぞ。春菜は日々成長してるんだ。いまお前と戦ったら、どっちが勝つか――痛っ!」
「ちょっと、ゴンタ。そういう物騒なこと言わないの」
「だからって、殴ることはないだろぉ……」
頭頂部をチョップされて涙目になるゴンタ。そのやりとりに、俺とクリアは思わず笑った。
とりあえず、いまはこの平穏な日常を楽しもう。悩み事の答えを考えるのはその後でも遅くはないはずだ。
そう思っていた俺の考えが甘いことを思い知らされたのは、その晩だ。
「ただいま~」
「おっ、おかえり。今日もサークル活動?」
「まあ、そんなとこ」
家に帰ると、Tシャツに短パンというラフな格好でくつろいでいる姉が迎えてくれた。
今日はずいぶん帰りが早い。紫央姉にしては珍しいことだった。
「そうそう、空になんか手紙みたいなんが来てたよ」
「ありがとう……なんだこれ?」
それを受け取った俺は、眉をひそめた。
その飾り気のない白封筒には、差出人が書いていなかったのだ。それに、手紙を受け取るような心当たりも全くない。
何だかよく分からないが、とりあえず部屋で開けよう。
俺は自室に荷物を置きに戻ると、机の上のペン立てからカッターを取り出し、ベッドに腰かけながらその封筒を開いた。
中には、白い紙が折りたたまれて入っていた。何かのメッセージだろうか。俺はその紙を丁寧に開いた。
その瞬間、その紙は眩い光を放ち、俺は思わず顔を覆った。
「うわっ――」
そう呟いた直後、俺の意識はぷつりと途切れた。
次に目を覚ました俺がいたのは、どこか違和感のある空間だった。
ベッドに横たわりながら、周囲を見渡す。自分の部屋とよく似ているが、やはり何かが違う。なぜかそういう確信があった。
そのとき、扉の外からクリアとナターシャが入ってきて、俺は体を起こした。
「おはようございます、クウさん。よくお眠りでしたよ」
「ここは? 俺の部屋じゃないよな?」
「おっ、察しが良いですねぇ。ここはヨロズ様があなたたちのためにお作りになった特別な施設です。この部屋は持ち主であるクウさんにあてがわれた私室です」
「ヨロズ様……」
そんな親玉が出てきたということは、いよいよ最後の二人を決める戦いも大詰めということだろう。
「わたし、さっきナターシャに元気にしてもらったんだよ!」
「おい、まさか変なことしてないだろうな?」
嬉しそうなクリアを慌てて抱き寄せると、俺はナターシャをにらみつけた。すると、ナターシャはぶんぶんと首を横に振った。
「し、してませんよ! 留魂石のメンテナンスをさせていただいただけです!」
「ならいいけど」
「はぁ……信用ないんですね私。ちょっぴりいじけちゃいます」
悲しそうに人差し指をツンツンと突き合わせるナターシャに、俺は気を取り直して尋ねる。
「で、そんな場所に呼び出されたのはなんでなんだ?」
「あ、はい。それはですね――」
〈みんな、聞こえてるかな~? わし、ヨロズ様。以後お見知りおきを。っていってもまだ声だけだけどね~〉
初老の男性の軽快な声が突如として脳内に響き、俺は驚いた。
これはおそらく、クリアと会話するときに使っているテレパシーと同じものだ。神様というのはこんなこともできるのか。
〈皆さんにはね、これからトーナメントを戦ってもらうから。残りツクモも8人って少なくなってきたし、自主性に任せるより、ここいらでちゃちゃっと終わらせちゃった方が楽でしょ? そういうことだから、一つよろしく。詳しいことは担当の天使から聞いてね。そんじゃ、また~〉
一通り言い終えると、ヨロズ様からの通信はぷつりと途絶えた。
「ナターシャ、トーナメントって本当なのか!?」
「はい。こちらがそのトーナメント表になっています」
俺はナターシャから渡されたトーナメント表を食い入るように眺めた。
当然のことながら、知らない名前が三人。残りはよく見知った名前だ。
初戦の相手は――十文字豪・ケンペアだ。
俺は色々な意味で頭を抱えた。
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