65センチ目「実力勝負」

 とうとう定刻になった。俺は準備をしっかり整えると、気合を入れるために自分の頬を叩いた。


 大丈夫だ。やれることはやってきたんだから、あとは自分たちの力を信じるだけだ。


 部屋のドアを開けると、白い階段が目の前にあった。


 やはりここは自宅ではなかったらしい。分かってはいたものの、自室そっくりの部屋が全く知らない場所につながっていると、なんだか変な感じがした。


 階段をゆっくりと上りながら、俺はクリアに声をかける。


「相手はあの豪さんとケンだ。一瞬たりとも気を抜くなよ」


「うん。強いもんね」


 あの二人の強さは、直接対峙したことがあるからこそ身に染みて分かっている。


 でも、今度は負けない。


 階段を上り切ると、そこには広々とした白くて四角い部屋があった。天井は見えないほどに高く、壁は走ってもすぐには届かないくらい幅がある。


 ふと背後を振り返ると、不思議なことに扉は忽然と消滅していた。邪魔なものが一切ない、まさに真剣試合にはうってつけの空間といえた。


「来たな、くう


「前回は胸を借りましたけど、今回は違います」


「ああ、分かっている。決着をつけよう」


 豪さんの視線を俺はしっかりと受け止めた。正面からぶつかって、勝つ。


 ケンとクリアは互いに構えた。


 審判役らしきサイドテールの天使が、二人のちょうど中間あたりに立って横に手をかざす。


「審判は私、ロザリアが務めさせていただきます。それでは、トーナメント一回戦第一試合、十文字豪・ケンペア対雨宮空・クリアペアを開始します。よーい――」


 そしてロザリアは手を勢い良く上に挙げながら、高らかに宣言した。


「はじめ!」


 先に仕掛けたのは、クリアの方だ。これは俺たちが予め決めていたことだった。


 先手必勝。やられる前にやる。敵の出鼻をくじいて、隙を作ろうという作戦だ。


 霰のようなクリアのジャブをケンは丁寧に捌いていく。さすがは歴戦の強者、この程度では動じない。


 だが、クリアも苦しい戦闘を重ねて一回り成長した。その成果が出たのは、何気ない戦闘中のやり取りだった。


 クリアの鋭いミドルキックが、わずかにずれたケンのガードの上からわき腹にヒットしたのだ。


 ケンはうめきながら横にすっ飛んだ。威力を殺すため、わざとそちら側へ跳んだのだろう。そして、それを見逃す俺たちではない。


刀化カッター!」


 足りないリーチを伸ばすために俺はスキルを唱えた。クリアの右手から半透明の刃が伸び、ケンの首筋を襲う。


 ケンはわずかに頭を反らして、その一撃を避けた。かすった刃が浅い刀傷をつけ、かすかに血が噴き出す。


 いったんバックステップをして体勢を立て直すケン。豪さんは感心した様子で眉を上げた。


「以前とは一味違うようだな」


「当然!」


「ならば、我々も本気を出そう。武装アムド


 ここからがケンの本領発揮だ。俺は気を引き締めると、竹刀を手にしたケンをしっかりと見据えた。


「はっ!」


 再びクリアが先手を取って斬りかかる。ケンはそれを横に捌いた。


 続いて、ケンは真下から竹刀を振るい、体勢を崩したクリアの顎をかち上げた。


 そして無防備になったクリアの腹部を、流れるような打突のコンビネーションが襲う。


 クリアは辛うじて体をひねると、バク転して距離を取った。


「甘い!」


 着地を決めたときには、ケンはすでにクリアの眼前へと迫っていた。


 胸部に目掛けた袈裟掛けの一撃を、クリアは腕を交差させてガードした。激しいその威力に耐え切れず、数歩後ずさる。


 そこからケンの猛攻が始まった。クリアは防戦一方で、いなすのが精一杯だ。


 手数では絶対に勝てないと悟った俺は、クリアに向けて叫び声を発した。


「クリア、いったん退け! あれをやるぞ!」


「うん、分かった!」


 クリアはバックステップを繰り返し、俺の下に戻ってきた。


 ケンも何かを察知したのか、豪さんの下へ戻っていく。


必殺ウルト!」


 クリアが両手を頭上にかざすと、エネルギーが渦巻いて巨大定規が出現した。


 そのままそれを振り下ろすクリアに、豪さんはちっちっと舌打ちしながら人差し指を左右に振った。


「それは前回すでに見切っているぞ。 湾曲ベンド!」


「はああああああっ!」


 ケンは竹刀で巨大定規を受け止めると、器用に斜めに弾いた。地面にぶつかった巨大定規は、ごしゃあという音と煙を立てながら砕け散る。


 ここまでは前回と同じ展開だ。


 違うのは、ここから先。


「――っ!?」


 ケンは目を見開いた。それもそのはず、元居た場所にクリアが立っていなかったからだ。


「そこか!」


 カキンという音がして、ケンは背後を振り返った。しかし、そこにもクリアはいない。あったのは、落ちている半透明の刃だった。


硬化ハーデン!」


「これで、終わりっ!」


 新たに覚えておいた呪文により、クリアの両腕が固く強化される。そうして振り抜いた右の拳は、ケンの腹部に思い切り直撃した。


 煙が晴れたとき、立っていたのはクリアの方だった。


「勝負あり! 勝者、雨宮空・クリアペア!」


 審判であるロザリアの宣言により、試合は決した。


「あえて前回の戦いをなぞり俺たちの油断を誘うとは、見事な策略だ。実力勝ちだな」


「ありがとうございました、豪さんも、ケンも」


 互いに握手を交わす俺たち。消えゆくケンは、豪さんに向けて深々と頭を下げた。


「負けてしまいました、師匠。申し訳ありません」


「いや、いいんだ。お前の強さは私が一番よく知っている。それを破った彼らの実力は本物だ」


 実力者である豪さんに認められると、素直に嬉しい。クリアも嬉しそうに笑っている。


「俺たちのバトン、お前につないだぞ、空」


「はい。絶対に落としません」


 俺は豪さんに向かって大きくうなずいた。


 一方、クリアはケンと拳を突き合わせた。消えゆくケンはにこやかにクリアを見つめる。


「最後の相手がお前で良かったよ、クリア」


「わたし、ケンの分までがんばるから」


「ああ。頼んだぞ」


 ケンはこくりとうなずくと、満足そうに消えていった。


 地面に落ちて転がった竹刀を、豪さんはそっと拾い上げる。その背中は、ちょっとだけ寂しそうに見えた。

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