二章 神器覚醒編

33センチ目「突然の来訪者」

 冷房が効いた部屋の中、俺は道具態のクリアを見つめながら『戦い』について考えていた。


 神によって選ばれた百個の道具が、持ち主をパートナーとして互いに戦い、競い合う。

 俺たちは、そんな過酷な戦いをなんとか勝ち抜いて来た。


 初めは、ハンマーのツクモであるトンカチを倒した。

 彼女との戦いを通して、俺たちはツクモや『戦い』のことを知り、生き残ると決意した。


 続いて、春菜やゴンタと一緒に狐ストラップのツクモを倒した。

 俺たちはその戦いで、弱肉強食の摂理を改めて理解した。


 それから、岩本強いわもとつよし教授の生み出した人工観葉植物のツクモをからくも倒した。

 岩本先生のことはとても残念だった。だが、犠牲者をそれ以上出さないようにするためには、致し方ないことだった。

 この戦いによって、クリアは『刀化カッター』のスキルに目覚めた。


 そして俺たちは望月もちづき瑠璃るりのペアと出会い、ライターのツクモである太郎を倒した。

 歌手デビューを目指す瑠璃と出会えたのも、この『戦い』があったからだと思うと、ちょっぴり複雑な心境だった。


 これから先、いったいどんな敵が待ち受けているのだろう。さらに強くなっていくであろう他のツクモたちに、俺とクリアは食らいつくことができるのか。


 そんな思いにふけっていると、家のチャイムが鳴った。届け物かなにかだろうか。

 それから少しして、姉がひょこっと顔を出した。


「空、お客さんが呼んでるよ」


「誰だろう」


 俺は首をかしげながら一階へと降りていった。


 玄関口には、見知らぬ二人組が立っていた。


 片方は四十代くらいの男性だ。着物を着ており、切りそろえ整えられたあごひげが印象的だ。

 もう片方は、黒髪の少年だ。こちらも着物を着ており、編んだ後ろ髪が風に揺れている。


「初めまして。私は十文字豪、そしてこやつはケン。お前が雨宮空あまみやくうだな?」


「はい、俺がそうですけど……どういったご用件でしょうか」


「この地域に強いツクモとその持ち主がいると聞いてな。手合わせをしに来た」


 男はあごひげを手で撫でつけながら言った。


 ツクモという三文字を聞いた瞬間、俺の全身の毛穴から冷や汗がわき出た。

 間違いない。この男は持ち主だ。


〈クリア、敵だ〉


〈えっ!? 家まで来たの!?〉


〈残念ながら、そうみたいだ。いつでも変身できるように心構えをしておいてくれ〉


〈うん、分かった〉


 俺は警戒を怠らないようにしつつ、クリアの現在位置を思い出した。ここから二階の部屋まではだいぶ距離がある。いきなり攻撃されれば、ひとたまりもないだろう。


「どうして俺の家の場所が分かった?」


「強い在力ざいりょくを感じた」


「ザイリョク?」


「そこにろうとする力。万物が持つエネルギー。それが在力だ」


「悪いけど、何を言ってるかさっぱりわからないな」


「いまはそんなことはどうでもいい。それより俺たちと勝負しろ、クウ」


「もし断ったら……?」


「そのときは、お前の家族の安全は保障できない」


 男は眉一つ動かさずにそう言った。

 この話に姉は巻き込みたくない。俺は少し思案した後に口を開いた。


「分かった。近くの公園でやろう」


「よかろう。では案内してくれ」


「支度をするから、ここで待っててくれ」


 家の二階に上がった俺は、自室のテーブルに置いてあるクリアをポケットに入れた。これでひとまずは安心だ。

 そしてすぐさま一階に戻ると、テレビ番組をリビングで見ている姉に呼びかける。


「ちょっとお客さんと出かけてくるよ、紫央しお姉」


「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 姉はこちらを振り返りながらそう言った。本当のことを言えないのは心が痛むが、危険に巻き込まないためには仕方のないことだった。


 玄関口に戻ると、俺は豪とケンを伴って家を出た。


「行こう」


 移動中も、緊迫した空気に包まれたまま、沈黙が続く。

 背中を攻撃されるのではないかと冷や冷やしながら、俺は足を進める。


 しかし、道中は何も起きることなく、無事に近くの公園へと到着した。


 豪はさっそく避人円を起動した。透明な半球上の膜が公園全体を包み込み、周囲の人々が次々と消えていく。

 

 俺はクリアを宙に軽く放り投げた。道具態から人間態に変身したクリアは、両腕を前に構えて戦闘態勢に入る。


 ケンもそれに応じて、両の拳を構えた。豪は数歩退き、ケンの後ろに控える。


「それではお前たちの実力、見せてもらおう」


「行くぞ、クリア」


「うん」


 互いににらみあい、長い長い数秒が流れる。


 刹那、ケンは鋭い踏み込みとともにクリアに殴りかかった。

 クリアはケンの拳を右手の甲で捌き、左手で突きを返す。ケンは首を捻り、それをギリギリのところで避けた。


 双方ともにバックステップをし、一旦距離をとる。


「なるほど、伊達に生き残ってはいないようだ」


「当然だ」


 ひりつくような空気の中、こうして戦いは始まった。

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