十六話 ヤタノカミ2


「それはおそらく、ヤタノカミだな」


 中央府の自室まで送ってもらったあと、椎名はすぐにヒウチを呼んだ。

 ソウヤと入れ違いで椎名のもとにやって来たヒウチは、話を聞くなりそういった。

「ヤタノカミ、ですか?」

「そうだ。特定の守府しゅふに属さず、北方王朝ほっぽうおうちょうの血統を信仰して生きる人たちだ。自分たちの顔を隠し、槍と吹き矢を扱うという。中央府で見かけることはほとんどないが、見た目の特徴は合うんじゃないか」

 椎名は攻撃してきた人間の姿を思い出し、大きく頷く。

「だろう。あとは、“どうやってシーナを幻界に返すつもりだったか”については……おそらく、北府の湖を使うつもりだったんじゃないか」

「北府の?」

「鏡張りの湖は一つじゃない。各守府にひとつづつ、湖がある。それぞれ腕に覚えのある賢者が守備に就いているが、北府の警備状況だけはわからない。北方王朝の敷地の中にあって、半ば聖地化しているらしい。王族や、王族に近しいヤタノカミが使える可能性もある」

「そのヤタノカミという人たちは、ソ……王族と仲がいいんですか」

 ソウヤといいかけたのは見え見えだったが、ヒウチは気にする様子を見せずにうーんと唸って首をかしげる。

「さっきも言ったが、ヤタノカミは中央府にはほとんどいない。だから、私はいまいち実態を把握していない。シウラ……北府の守護者しゅごしゃから聞いた話では、王朝とべったりというわけでもなさそうだったがな」

 そういってから、ヒウチははっとして椎名を見る。


「というか、シーナは怪我してないか。ヤタノカミに攻撃されたんだろう」

 いまさらな問いかけに、椎名は思わず苦笑いが零れる。

「大丈夫です。オーバルと、ソウヤの盾でなんとか逃げられましたから」

「そうか……」

 ヒウチはそういいながらも、表情はさえないままだ。


「ヤタノカミについては、私のほうでも調べてみる。なぜシーナを狙ったのかも含めて、な。それまでは、シーナは一人で出歩かないほうがいい」

「そう、ですよね」

 今回はたまたまソウヤが助けてくれて難を逃れたが、そうでなければ連れ去られていたことは想像に難くない。椎名は了承するしかなかった。

 とん、と軽く肩をたたかれて、顔を上げる。見上げたヒウチは淡々と言葉を連ねた。

「仮に先ほどの攻撃部隊が王朝と繋がっていたとしても、ソウヤとは接点が薄いだろうな。彼らはソウヤの盾を見るだけで怖気づくだろうし、そもそもソウヤと繋がるヤタノカミが、シーナを鏡張りの湖経由で返す意味が無い。ソウヤ自身が自由に連れ出せるんだからな」

 指摘されて、椎名は頷いた。

「たしかに、そうですね」

「ひとまず、調べてみる。それからまた、対応を話し合おう」

「はい」

 椎名が納得した様子でいるのを確認してから、ヒウチは立ち上がった。

「シーナは、『スナの手記』の解読を続けてくれるか。あとは、盾の練習も、屋内で」

「わかりました。……あ、ヒウチさん!」

「何だ?」

「『スナの手記』の解読で思い出したんですが。オウウさんなら、ヤタノカミについてご存知なんじゃないですか?北府出身だと言ってましたよね」

「そうだな。こちらで確認する。少し待っていてくれるか」

「はい」

 頷き返したヒウチは、いつもより目つきが鋭い。

 ——これが、ヒウチさんの仕事モードなのかもしれない——

 早速対応にあたるという彼のきびきび動く背中をを見送りながら、椎名はそんなことを考えていた。

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