三話 ソウヤ
ヒウチは、深く座り直してから静かに話しはじめた。
「
元々この世界の人間は皆、君の世界から大昔にやってきた人間の子孫だといわれている。だが君の世界とは交流が
そういって彼は、胸元に手を当てて扉の方を見つめた。すると、目の前に黄緑色の薄い
「こういうものを、見たことがあるか?」
「い、いいえ」
椎名が慌ててそう答えると、ヒウチは円盤から目線を外す…と同時に円盤は
「この世界の人間は、こうした「盾」を全員がつくることができる。自衛のためにね。だから、私たちは自らを「
椎名はその言葉を聞いて納得した。さっき「守護者」の意味を聞かれた時の
「まだわからないことや不安なことは多いと思うが……ひとまず、私はこの辺りの地域の守護者だから、君が
椎名は、
「あの、それで、わたしはここで何をすればいいのでしょうか」
必要最低限と思われることがらまで理解したところで問いかけると、ヒウチはじっと椎名を見つめた。
「……驚いたな。この世界が何なのかを問う次に、君自身の身の振り方を問う、か。しかし大事な質問であることはたしかだ」
そういって、ヒウチは座り直した。
「君がこちらの世界の人間ではない、ということならば、
「手伝って欲しいこと、ですか」
「ああ。ある書籍の
「あの、わたしと一緒に居た、あの剣を持った人は」
『僕のことは、名前で呼んでほしいな』
椎名が質問を重ねたとき突然、部屋の中に強い風が吹いた。部屋全体に、あどけない少年の声が響く。ヒウチは半分腰を浮かせた体勢で、固まった。
『ごめんね、ヒウチ。僕に自由に喋らせて。そっちに行くけど、今盾は出せないようにしてるから』
ヒウチは動きを止めたのではなく、動けなくなったのだ。椎名もそうなのだろうかと手を挙げると、普通に上下に動く。少年のくすくす笑いの声が響いた。
『シーナは動けるよ。僕も今そっちに行くね』
もう一度強い風が吹き、がたん!と窓枠が揺れる音がした。窓を見るとそこにあったはずの
「名前で呼んでほしいって言っても、わたしはあなたの名前を知らない」
椎名の呼びかけに少年はそうだね、と頷いた。
『うん。僕の名前はソウヤ。それだけ知っておいてくれたらいいよ。ヒウチも、余計なことは言わなくていいから』
あどけないようでいて、偉い人と思しきヒウチにばっさりと告げるソウヤにひやひやするが、それより椎名には訊かないといけないことがある。
「ソウヤ。どうしてわたしをこの世界に、この場所に誘導したの」
『シーナ、僕はシーナに教えてほしいことがたくさんあるんだ。だから、これからも、シーナのところに来るよ。僕の家に連れて行くわけにはいかないから、ヒウチのところにいるといいよ。ヒウチは強い守護者だから大丈夫』
ソウヤはそれだけ言うと、未だ体勢を動かせないヒウチに向き直った。
『そういうことだから。シーナを護ってね、ヒウチ。この剣は持っていくね』
ひょいと屋内に入ってきたソウヤは柱に立てかけられた剣を腰に差し、あっという間に窓の縁に戻っていった。
『じゃあ、またね』
瞬きをするといつの間にか窓は元に戻され、強く吹いていた風も止んでいた。何度か瞬きを繰り返していると、身体を真っすぐに戻したヒウチがぼそっと
「ソウヤの力が、強くなっている」
「あの、今のでソウヤが私のところに来た理由はわかった、んでしょうか」
椎名には、一瞬すぎでよくわからなかった。恐る恐る見上げると、ヒウチは厳しい表情のままいや、と呟いた。
「彼は、ソウヤは何か意味があって君を連れてきたんだろう。“教えてほしいことがある”、と言っていたな。
「そうなんでしょうか」
椎名は自分でそう言ってから、驚いた。「いつも」の彼など知らないのに、とっさに反論の言葉が出たことに。先ほどの会話で、自分をここに連れてきた
「はぐらかすことからも、意味は読みとれます。あの人は、きっと「今の状況」に満足してないんです。だから、「今の状況」をつくっているあなたの言葉に、まっすぐ答えてくれないのではないでしょうか」
——じぶんが言葉をはぐらかすのは、そういうときだから——
「それは、」
何かいいかけたヒウチの言葉を
「わたしは、あの人から見て「今の状況をつくった人」ではないのでしょう。だから、ここに連れてきた。
そう思います。……わたしは、あの人と話します。そうしたら、きっと「今」が変わる。そんな気がするんです」
「君も、」
そう言いかけたヒウチは、もう一度口を開く。
「
その問いに、椎名は頷く。
「であれば、わたしが勤める
そう言って立ち上がるヒウチに合わせ、椎名もようやくベッドから抜け出す。
「こちらへ」
ヒウチが開けた扉から、椎名は新しい世界への、意志を持った一歩を踏み出した。
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