二話  ヒウチ

 目が覚めたとき、椎名は暗い木造もくぞうの部屋でベッドに横たわっていた。ぼんやりした頭で身を起こすと、遠くから人が走っているような、あわただしい物音が聞こえてきた。

 ……と、入口の引き戸がガラガラと開けられる。


「失礼します!」


 部屋の入口には三人の男性が立っていた。厳しい表情で部屋を見回していたが、椎名と目が合って唖然あぜんとした顔をする。そして、こちらに急ぎ足で近づいてきた。椎名は反射的にベッドから降りようとしたが、


「動かないでください!」


 大声に押しとどめられる。こちらに来た男性は三人とも椎名ではなく、椎名がいるベッドの後ろの柱に立てかけてあった剣を見ていた。見覚えのある、大きな剣。

「その剣……」

「知っているのですか?」

 思わずれたつぶやきを逃さず、間髪かんはつをいれずたづねてきた人に椎名は頷いた。

「わたし、その剣を持っていた人と一緒にいました。でも、気付いた時にはここに一人でいました」

 眠くてたどたどしい言葉になってしまったが、言いたいことは伝わったらしい。男性は「やっぱりそうか」と呟くと、後ろを振り返った。

「宿の主人が言っていた通りだ。あまり信じたくないが…こうして剣がある以上、俺たちだけで片付けられる問題じゃない」

「確かに、そうだな」

 男性の言葉に答えたのは、また別の人だった。


「お、おさ様!」


 扉の奥から出てきたのは、丈の長いコート——表が黒で、裏地に緑色が見える——を着た若い男の人だ。オサと呼んだ他の人たちが固まっている中、椎名の方に真っすぐに進んでくる。

わたしは長ではない。せめて名前で呼んでくれ」

「し、失礼いたしました。ヒ、ヒウチ様」

「様呼びも柄じゃないが、まあ仕方ないか。それよりも」

 ヒウチと呼ばれた男性は、椎名の目を見て言った。

災難さいなんだったな。君は。私はこの辺りの地域で守護者しゅごしゃをしている、ヒウチだ」

「私は、椎名 沙良しいな さらといいます」


 一応年上と思しき人に名乗られたので、椎名はフルネームで答える。と、ヒウチを含めたその場にいる人たちが全員、怪訝けげんそうな顔をした。

「しいな、さら…?姓と名をもつのか…まさか」

 ヒウチは鋭い顔をして、再び問いかけてくる。

「シーナ、お前は守護者と聞かれて、何のことだかわかっていないな?」

「何かを守る人、というわけではないのですか?」

 戸惑いつつもそう答えると、周囲から息をのむ音がした。


「シーナ、ここは、お前が住んでいるのとは、違う世界だ」


 ヒウチに告げられたその言葉に、今度は椎名が言葉を失った。


「……お互いに、説明が必要だな。腰掛けていいか」

「しかし、ヒウチ様、こんな場所で」

 声をかける男性に構わずベッド横の椅子に腰掛けたヒウチは、座ったまま男性陣に向き直った。

「剣がここにある以上、話を聞く前に彼女を移動させるのは得策とくさくではない。まず、私が彼女の話を聞き、その間にソウヤの居場所を探すほうがいいだろう。私の予想では彼はここに戻ってくる気がするがな」

 ヒウチの言葉に、男性陣は頷いた。

「では、わたくしが行ってまいります」

「いや、三人で行ってくれ。彼の居場所を探るのは、私がこの空間を一人で護るよりも難しいからな」

「……承知いたしました」


 若干間があったが、男性陣はヒウチの言葉に素直に従い部屋を出て行った。扉が閉まるのを確認してから、彼はこちらに向き直る。

「シーナ。君のことを訊きたいのはやまやまだが、まずはこちらの話を聞いてくれるか。そうしないと、話が噛み合ない気がするのだ」

 椎名は穏やかな口調にほっとして頷く。

「あの、はい。わけがわからないので。違う世界とは、どういうことですか?」


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