鏡の誓い

水涸 木犀

 少年は、田んぼの畦道あぜみちで遊んでいた。

 ——この虫、珍しいやつだよね?!——

 地面の虫を見つけるのに夢中だった少年は、目の前の危機に気付くのが、遅れた。


「危ない!」


 凛々りりしい女性の声が聞こえはっと顔を上げた時には、少年の目の前に巨大な水牛が迫っていた。身をすくめたが何故なぜか、水牛はこちらに到達しない。むしろ、こちらを見据みすえつつも……後退している?

「どこかケガしてない?」

 さきほどと同じ声が、すぐ脇から聞こえる。白い服、黒い髪の女性が、右手を前にかざす形で立っていた。少年が無言で頷くと、彼女はそちらに顔は向けずに、困ったように笑った。

「やっぱり、とっさに出るのはこれになっちゃうな……修行が足りない」

 先ほどはすぐ触れられそうな距離にいた水牛が見えなくなってから、少年は初めて、目の前にあるモノに気付いた。


 複雑な模様が描かれた、金色の円形の物体。ふちだけが光を放っている。唖然あぜんとしていると、その物体は勢い良く割れた。


 ——破片が飛び散る……!——


 そう思い手で顔をおおうと、女性の手が肩に触れた感触があった。

「早いうちに、ここを離れた方がいいよ。あと、このことは内緒ないしょね」


 少年が恐る恐る顔を上げた時、そこには謎の物体も、自分を助けてくれた不思議な女性もいなくなっていた。


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