二章 盾者と守護者

八話  守護者の集い1

 ひと一人しか入れないくらい狭い部屋。そこに、所狭ところせましと巨大なドレッサーが置かれている。おしゃれに気を使う女性でもない限り使わなさそうな、一抱えほどある鏡の前にひとりの青年が座っていた。


 その青年……ヒウチは小さく息をつくと、胸に手を当てる。瞬間、目の前の鏡が黄緑色の光で満たされる。黄緑色がだんだん色づき、若草色のような渋い色味を帯びる。……と、鏡が揺れて人の影がぼんやりと浮かびあがってきた。


「ミネ。聞こえるか」


「おぉ。ヒウチか。声は聞こえるが映像が良くないの。お前の男前な顔がおがめんわ。ちょっと待っておれ」

「シウラのほうが男前だと思うがな」

「本人に言うてやれ。シウラももうすぐ来るだろう……っと、少しはマシになったかの」


 ヒウチの目の前の鏡には、さきほどよりはっきりと、恰幅かっぷくの良い男性の像が浮かび上がっていた。小柄で肩幅が広く、ひげを深くたくわえた男性の姿は、くまを思い起こさせた。

「ミネ。またひげを伸ばしてるのか」

 ヒウチがそういうと、鏡の向こうの男性……ミネは小さく首をかしげて顎髭あごひげをさする。

「おお。ここ最近通信盾つうしんたての調子が悪くての。調整作業を重ねていたら自分の見た目なぞどうでも良くなるわ」

「また、研究に没頭していたのか。でもそのおかげで、こうしてそれぞれの守護府しゅごふから通信ができる」


「そうだな。ミネ殿には感謝している」


「おお、うさわをすればシウラ」

 突如とつじょ割り込んできた声に、ミネは顔をほころばせる。

「カササも繋がりそうだ」

「おお、一気に三人か。ちょっと待っておれ」

 ミネが後ろを向いて何か操作している様子が鏡に大写しになる。ヒウチがその背中を眺めていると、鏡の中に小さな鏡が四つ浮かび上がった。四つのうち三つの小さな鏡それぞれに、恰幅のよいミネと色白で小柄なシウラ、更にもう一人色黒の青年が映し出される。


「お、またトカワは遅刻か」


 色黒の青年が面白そうに言うと、ミネは少し眉を吊り上げた。

「カササ、お前このまえトカワに適当なことを言っていたろう。しっかり念押ししておかないと、やっこさんは忘れるからの」

 カササは薄く笑った。

「大丈夫さ。トカワは適当に見えて、やるべきことはしっかりやるやつだ。この会議が大事だと思っていれば、多少遅れても出てくるだろう」

「そうだといいがの」

「まあ、先に始めていいんじゃないか。話しているうちにトカワが来るかもしれないし」

「そうだな」

「ああ」

 ヒウチの一言に、カササともうひとりの色白の青年……シウラが首肯を返す。それを見て、ミネも頷いた。


「では、始めるかの。守護者しゅごしゃつどいを」


 画面の向こうの三人とヒウチは同時に、胸の前で手を合わせる。……と、鏡の周りに四角形のカードが現れ、くるくると回りだす。カードは増えたり減ったりを繰り返したのち、色を帯びて真ん中で止まった。


 ——黄緑色が二枚と、青が一枚——


 カードの結果を頭の中で反芻はんすうしてから、ミネが手を離す。

「今日の議題は、中央から二つと北から一つ。では、中央、ヒウチから行くかの」

「いや、私の話はトカワも来てからのほうがいい。あまり重くない内容から先にやって頂きたい」

「では、俺から話す」

 すぐに声を上げたシウラに、ミネは頷いてみせた。

「おお。では、北、シウラからお願いするかの」


 シウラが画面に少し近づき、手を離す。と同時に、三つの小窓からシウラの窓が拡大され、鏡の真ん中に大写しになった。

「北の守護者、シウラより報告いたす。……毎月のことだが、ソウヤ殿の行動に少々、手を焼いている」


 その言葉に、ヒウチ以外の全員が苦笑を浮かべた。

「まぁ、あの元気な王子が好き勝手しているのはいつものことじゃないか」

「それはそうなのだが。今回手を焼いているのは、それよりも少し厄介だ。……ソウヤ殿がどこにいたのか、全くつかめない時間帯がある。それも頻繁ひんぱんに」

「おれはむしろ、あの王子の挙動きょどうをある程度つかめていることが凄いと思うがな」

「カササ!」

 ミネの鋭い声に、茶々を入れていたカササは首をすくめて黙った。ミネはシウラに問いかける。


「掴めない時間帯がある、というのはどういうことだの。北府の中で連携を重ね、随時ずいじ把握されていると認識しておったが」

「ああ。北府の範囲外であっても、各守府しゅふのどの管轄下かんかつかにいるかはわかるようにしている。子細しさいな場所までは立ち入っていないが。……しかし数日前から突然、ソウヤ殿が特定の府にいた直後に、存在が途切れるようになったのだ」

「特定の府?」

 復活したカササが聞き返すと、シウラはわずかに顔をしかめた。


「我が北府と、中央府。この二か所から数時間、ソウヤ殿の消息しょうそく消失しょうしつした。北府ではより細かく監視を付けたいところだが、こちらの区域は俺たちよりむしろソウヤ殿の庭だ。おれたちの監視をまくなどたやすいことだろう。

 そのうえで問いたい。ヒウチ殿、ソウヤ殿の動きについて、心当たりはないか」

 話を振られたヒウチは、小さくつばをのみ込んだ。

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